ブドウ糖を投与すると患者の意識は清明に
「糖尿病があって、インスリンが投与されているのでしょう?」
「いえいえ、インスリンは、ここ2~3日、投与していないんですよ」
「そうなのですか……。ところで、血糖検査はできますか?」
「いや、現在、往診中で、患者の自宅からの電話なんです」
「そうですか。わかりました。それでは連れてきてください」
ERドクターは、いずれにしても診るしかないと判断した。しばらくして、その患者が救急車で運ばれてきた。紹介医師も同乗していた。紹介医師が言うように、昏睡状態で右片麻痺(完全麻痺)が見られ右のバビンスキー反射まで陽性である。そして眼球は左に共同偏視して呼吸抑制まで見られている。これを見ると、脳卒中(脳梗塞または脳出血)と診断しても何の不思議もない。
搬入後すぐに簡易血糖検査と血液ガス検査が行われた。血糖値は34mg/dl。つまり低血糖だ。この結果に、紹介医師は納得がいかない様子であった。
「糖尿病はありますが、インスリンはこの2~3日、投与していないのですよ」
「ただ、透析中の患者ですから、インスリンは必ずしも代謝されているとは限りませんよね」
「それはそうかもしれませんが……」
「いずれにしても正確な血糖値は静脈採血の結果でわかるので、ブドウ糖を入れてみます」
ERドクターは押し問答をしても仕方がないと判断し、治療を優先することにした。ERドクターの指示のもと、ブドウ糖が投与された。その後、数分もたたないうちに患者の意識は清明になり、右片麻痺は消失して呼吸状態も正常になった。やっぱり低血糖だったようだ。紹介医師はバツが悪そうに自己弁護的な言い訳をし始めた。ERドクターもそれ以上のことが言えず、念のため頭部CTをとるということで一段落した。
もちろん頭部CTは異常なかった。その後、静脈血の正確な血糖値も出たが、やはり低血糖であった。患者は透析中のためインスリン代謝が遅延し、今もインスリンが血中に残っているのであろう。再度低血糖になる可能性もあるため内科に入院となった。
紹介医師は患者の家族に状況を説明している。患者の家族にしてみれば、脳出血と言われ覚悟していたのが完全に回復したのだから「ありがとうございます」の一言である。