連載「救急医療24時。こんな患者さんがやってきた!」第5回

深夜、腹痛を訴える不妊治療中の若い女性が搬送されてきた。腹部のしこりはまさかの……

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激しい腹痛での救急搬送の結末は?

 あらゆる病気を想定して診察を進めていたが、いまだかつてないような大変な事態が持ち上がり、ER(救急外来)に緊張が走る――。そのようなケースを紹介しよう。

 準夜帯から深夜帯に変わる午前1時ごろ、30代の女性が腹痛を訴えて救急車で搬入された。付き添ってきた夫は心配そうに救急車から降り、家族待機場所へ案内された。ストレッチャーに移されたその若い女性は、顔をしかめながらお腹の痛みを訴えている。とても苦しそうだ。バイタルサインが取られた後、ERドクター(医師)が病歴をとり始めた。

「いつから、お腹が痛いのですか?」
「1時間ぐらい前からです」
「痛みに波はありますか?」
「あります。今は少し良くなったような気がします」
「吐き気はありますか?」
「あるような、無いような、よくわかりませんが、気分が悪いです」
「下痢はありますか?」
「下痢はありませんが、性器出血があります」

 腹痛と性器出血があれば、産婦人科的疾患を考えるのが当然である。まずは子宮外妊娠、不全流産、それから卵巣出血、卵巣腫瘍による捻転など……。ERドクターの頭の中をさまざまな病名が駆け巡る。ERドクターの質問は続く。

「妊娠はありませんか?」
「ありません。ずっと不妊治療を続けていますが、もうあきらめています」
「つかぬことをお聞きしますが、最終生理はいつですか?」
「はっきり覚えていませんが、もう半年くらいは無いと思います。こんなことはよくあることです」

 ERドクターは困惑した。若い女性の腹痛の原因疾患を鑑別する場合、まずは妊娠に関与する疾患かどうかを考えることが重要だ。ところが、妊娠の有無を病歴から聴取することは難しい。なぜなら、患者が故意に本当のことを言わなかったり、言うに言えなかったり、月経(生理)に関心が低く本人でさえよくわかっていなかったりと、いろいろな理由があるからだ。

 患者の腹部の所見をとろうとしたERドクターは、そこに腫瘤(しこり)を見つけ驚いた。
「このしこりはいつからあるのですか?」
「数ヶ月前からです。だんだん大きくなってきました」
「どこか病院へ行きましたか?」
「どこへも行っていません」
「それでは、お腹のエコーをさせてもらいます。痛くも痒くもありませんから」

 エコー画面を見ながらERドクターは「腹腔内に小児頭大の腫瘤があるけど……」と小声でつぶやいた。若い女性の腹腔内の腫瘤といえば、卵巣腫瘍? 子宮筋腫? 子宮癌? それとも婦人科以外の悪性腫瘍(がん)? 頭の中にいろいろ病名が浮かび困惑した。その困惑を取り除くため、「若い女性の腹痛」の診断の基本に立ち返り、妊娠反応検査(尿検査)を行い、ERドクターは患者の尿を持って検査室へと走った。

河野寛幸(こうの・ひろゆき)

福岡記念病院救急科部長。一般社団法人・福岡博多トレーニングセンター理事長。
愛媛県生まれ、1986年、愛媛大学医学部医学科卒。日本救急医学会専門医、日本脳神経外科学会専門医、臨床研修指導医。医学部卒業後、最初の約10年間は脳神経外科医、その後の約20年間は救急医(ER型救急医)として勤務し、「ER型救急システム」を構築する。1990年代後半からはBLS・ACLS(心肺停止・呼吸停止・不整脈・急性冠症候群・脳卒中の初期診療)の救急医学教育にも従事。2011年に一般社団法人・福岡博多トレーニングセンターを設立し理事長として現在に至る。主な著書に、『ニッポンER』(海拓舎)、『心肺停止と不整脈』(日経BP)、『ERで役立つ救急症候学』(CBR)などがある。

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