連載「救急医療24時。こんな患者さんがやってきた!」第5回

深夜、腹痛を訴える不妊治療中の若い女性が搬送されてきた。腹部のしこりはまさかの……

この記事のキーワード : 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
new_er1024.jpg

激しい腹痛での救急搬送の結末は?

 あらゆる病気を想定して診察を進めていたが、いまだかつてないような大変な事態が持ち上がり、ER(救急外来)に緊張が走る――。そのようなケースを紹介しよう。

 準夜帯から深夜帯に変わる午前1時ごろ、30代の女性が腹痛を訴えて救急車で搬入された。付き添ってきた夫は心配そうに救急車から降り、家族待機場所へ案内された。ストレッチャーに移されたその若い女性は、顔をしかめながらお腹の痛みを訴えている。とても苦しそうだ。バイタルサインが取られた後、ERドクター(医師)が病歴をとり始めた。

「いつから、お腹が痛いのですか?」
「1時間ぐらい前からです」
「痛みに波はありますか?」
「あります。今は少し良くなったような気がします」
「吐き気はありますか?」
「あるような、無いような、よくわかりませんが、気分が悪いです」
「下痢はありますか?」
「下痢はありませんが、性器出血があります」

 腹痛と性器出血があれば、産婦人科的疾患を考えるのが当然である。まずは子宮外妊娠、不全流産、それから卵巣出血、卵巣腫瘍による捻転など……。ERドクターの頭の中をさまざまな病名が駆け巡る。ERドクターの質問は続く。

「妊娠はありませんか?」
「ありません。ずっと不妊治療を続けていますが、もうあきらめています」
「つかぬことをお聞きしますが、最終生理はいつですか?」
「はっきり覚えていませんが、もう半年くらいは無いと思います。こんなことはよくあることです」

 ERドクターは困惑した。若い女性の腹痛の原因疾患を鑑別する場合、まずは妊娠に関与する疾患かどうかを考えることが重要だ。ところが、妊娠の有無を病歴から聴取することは難しい。なぜなら、患者が故意に本当のことを言わなかったり、言うに言えなかったり、月経(生理)に関心が低く本人でさえよくわかっていなかったりと、いろいろな理由があるからだ。

 患者の腹部の所見をとろうとしたERドクターは、そこに腫瘤(しこり)を見つけ驚いた。
「このしこりはいつからあるのですか?」
「数ヶ月前からです。だんだん大きくなってきました」
「どこか病院へ行きましたか?」
「どこへも行っていません」
「それでは、お腹のエコーをさせてもらいます。痛くも痒くもありませんから」

 エコー画面を見ながらERドクターは「腹腔内に小児頭大の腫瘤があるけど……」と小声でつぶやいた。若い女性の腹腔内の腫瘤といえば、卵巣腫瘍? 子宮筋腫? 子宮癌? それとも婦人科以外の悪性腫瘍(がん)? 頭の中にいろいろ病名が浮かび困惑した。その困惑を取り除くため、「若い女性の腹痛」の診断の基本に立ち返り、妊娠反応検査(尿検査)を行い、ERドクターは患者の尿を持って検査室へと走った。

河野寛幸(こうの・ひろゆき)

福岡記念病院救急科部長。一般社団法人・福岡博多トレーニングセンター理事長。
愛媛県生まれ、1986年、愛媛大学医学部医学科卒。日本救急医学会専門医、日本脳神経外科学会専門医、臨床研修指導医。医学部卒業後、最初の約10年間は脳神経外科医、その後の約20年間は救急医(ER型救急医)として勤務し、「ER型救急システム」を構築する。1990年代後半からはBLS・ACLS(心肺停止・呼吸停止・不整脈・急性冠症候群・脳卒中の初期診療)の救急医学教育にも従事。2011年に一般社団法人・福岡博多トレーニングセンターを設立し理事長として現在に至る。主な著書に、『ニッポンER』(海拓舎)、『心肺停止と不整脈』(日経BP)、『ERで役立つ救急症候学』(CBR)などがある。

河野寛幸の記事一覧

河野寛幸
がんになってもあきらめない妊活・卵巣凍結 摘出に約60万円、保管は年間10万円
インタビュー「がんでも妊娠をあきらめない・卵巣凍結」後編・京野廣一医師

がん患者への抗がん剤による化学療法は妊孕性(妊娠のしやすさ)を低下させる。がんにより妊娠が難しくなる患者を支援するため、2016年4月に「医療法人社団レディースクリニック京野」が、治療前に卵巣を凍結して保存しておく「HOPE(日本卵巣組織凍結保存センター)」を設立すると発表した――。医療法人社団レディースクリニック京野理事長の京野廣一医師に卵巣凍結の仕組みについて訊いた。
前編『「がん」になっても妊娠・出産をあきらめたくない女性のための「卵巣凍結」とは?』

2017年4月より、はるひ呼吸器病院(愛知県)病…

堤寛

理学療法士。日本で数年勤務した後、豪・Curti…

三木貴弘

近畿大学理工学部生命科学科ゲノム情報神経学准教授…

西郷和真