「代理ミュンヒハウゼン症候群」は自分の子供などを故意にかつ意識的に病気の症状を詐病する虚偽性障害(depositphotos.com)
子供に対する虐待による傷害事件や死亡事件が増えている――。
厚生労働省によれば、心中以外で虐待死した児童67人の4.5%に当たる3人が、子供を故意に病気に陥らせる「代理ミュンヒハウゼン症候群」によって死亡している(厚生労働省:子供虐待による死亡事例等の検証結果等について第6次報告)。
たとえば、1998年、福岡県久留米市で、1歳半の女児が20代前半の母親から大量の抗てんかん剤と1日2ℓ以上もの水を飲まされ、重篤な意識障害や水中毒による低ナトリウム血症に陥った(同前)。
また、2008年、京都大学医学部附属病院の病室内で、1歳の女児につながった点滴に注射器で腐敗した飲み物を混入した母親を殺人未遂容疑で逮捕。女児の血液中から4種類の細菌、尿から有機化合物が検出されたため、傷害と傷害致死で起訴後、懲役10年の判決が下った(「週刊金曜日ニュース」2016年3月30日)。
さらに、2017年、1歳8カ月だった娘に血糖値を下げるインスリンを投与して傷害を負わせた容疑で、大阪府高槻市の母親(21歳)が逮捕された(「毎日新聞」2017年3月26日)。
このような代理ミュンヒハウゼン症候群はなぜ起きるのか? そもそも代理ミュンヒハウゼン症候群とは何か?
周囲の関心を引き寄せるために傷害や病気を捏造し精神的満足を得る
代理ミュンヒハウゼン症候群は、故意にかつ意識的に病気の症状を詐病する虚偽性障害の「ミュンヒハウゼン症候群」の一形態だが、傷害対象は自分ではなく、子供や要介護者などの身近な代理者に向う。傷害対象が子供や要介護者であるため、児童虐待、高齢者虐待、障害者虐待に当たる。
母親に多く見られる代理ミュンヒハウゼン症候群は、「自分に周囲の関心を引き寄せるため」に傷害や病気を捏造し、傷害対象を子供や要介護者などの身近者に代理させて陶酔感を味わう。つまり、子供を世話・介護することによって、自分と子供との過剰な依存関係に自分の存在価値を見出しつつ、精神的満足を得る共依存という精神障害(ナルシズム)だ。
アメリカでは、年間で約600〜1000件の代理ミュンヒハウゼン症候群の発症が見られ、増加傾向にある。患者の約25%はミュンヒハウゼン症候群の既往症があった患者だ。
1996年、アメリカオハイオ州で起きた事件に世界は戦慄を覚える――。難病と闘う8歳の娘ジュリー・グレゴリーへの児童虐待の容疑で母親を逮捕。その後の取り調べで、娘に毒物を飲ませ、点滴のチューブに細菌を混入し、殺害を企てた事実が判明した。娘は200回の入院、40回以上の手術を繰り返したため、内臓の一部を摘出。悲痛な虐待体験を吐露した『Sickened 母に病気にされ続けたジュリー』 (竹書房文庫)が発表され、世界を唖然とさせた。
母親から受けた残酷な虐待、深刻なPTSDに苦しむ子供たち
このような病気でない子供の体内に薬物や細菌を混入し、子供の健康を害し、生命を危険にさらす犯罪行為は、枚挙に暇がない。なぜ根絶できないのか?
代理ミュンヒハウゼン症候群の母親は、子供を巧妙に病気に仕立て上げ、子供を心配する母親を装う。子供の病態を心配し、献身的に看病する母親を演じ切る。誠実な母親になりすまし、医師に検査や治療を執拗に求め続ける。このような偽善的な詐術を弄しながら、社会から同情・注目を集めては、自己陶酔に耽って決して懲りない。
医師は、子供を検査しても原因が分からない。親が口にする症状と検査結果の辻褄がまったく合わない。治療を重ねても症状が改善しない。このような事態に直面した医師は困惑するが、手の打ちようがない。
その結果、母親が意図的・計画的に子供を病気にしている詐病に気づかないため、病気と判断した医師が検査や治療を重ねれば重ねるほど、子供の心身に致命的なダメージや苦痛を与える。
母親は子供の病気が治っては困るので、薬物を飲ませて治療を妨害する手を緩めない。詐病と検査・治療・入院のイタチごっこの末に、子供は衰弱して死に至る。ジュリー・グレゴリーのように、母親から受けた残酷な虐待によって深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ人が少なくない。