生活習慣病の治療が認知症のリスクを下げる!?
アプリポタンパクE4の遺伝子多型は、認知症のリスクを高めることが知られているが、今回の研究結果では、この遺伝子型を持っている人に限れば発症率は変化していない。したがって、この遺伝的リスクを持たない人が、環境・生活要因の変化で、発症率が低くなったものと考えられる。これは、予防の観点からきわめて重要なのだ。
論文では、いくつかの角度でデータを解析しているが、この減少傾向は、高校を卒業していない集団には全く認められない。学歴がなぜ影響するのかはわからないが、興味深い。
また、降圧剤を服用している割合は、第1グループでは33%から第4グループでは62%、高コレステロール治療薬は第1グループではゼロ(薬そのものがなかった)が第4グループでは43%となっており、血圧やコレステロールのコントロールがなされていることを示している。
これらの薬の服用を悪と決め付けている出版物もある。医療には「情」が大切だが、医学には「科学的エビデンス」が不可欠であることを忘れてはならない。情緒だけで医療を悪い方向へ煽動するのは、犯罪だ。
4グループで、喫煙率は、20%,14% 9%、6%と下がっており、米国の禁煙対策が反映されている。これと認知症の関係は不明だが?、かつて住んでいたユタ州はモルモン教が喫煙を禁じているし、今の米国ではタバコの臭いを嗅ぐ機会も稀だ。日本でももっと強力な禁煙対策が必要だと思う。
喫煙や心臓血管疾患のリスクに関係する多くの要因が改善されているために、どの要因が認知症発症率減少傾向に寄与しているのかは明確にされていないが、少なくとも生活習慣病を正しく治療することが、認知症のリスクを下げていることだけは、漠然としてではあるが、理解できる。このようなエビデンスの積み重ねが、健康を守り、質のよい人生を提供するために必要だ。もちろん国の責任で進めるべきことだ。
このタイプの研究は、5-10年で評価しても目に見える成果が出るはずがない。しかし、研究内容に関わらず、1-2年で研究成果の報告を求める日本の体制では、研究を継続させること自体が難しい。私も、バイオバンクプロジェクトを始めて3年後に、研究費の半減を言い渡されたことがある。この時には、「50%ならいらない。0か100にして君たちが責任を取れ」と啖呵を切った。もちろん、研究打ち切りのリスクは高かったが、相手に「研究を止めて責任を取る」覚悟が無かったのが幸いした。
疫学研究は、スルメを齧るのと同じで、長く噛めば噛むほど味が出てくるのだ。スルメを十分に噛まず、すぐに飲み込んで「これはおいしくない」と評価する人もいるし、「スルメみたいなもん、ワシが食えると思とるんか!アホか」と言う人もいる。人生や学問の味を評価できない人たちが増えてきた。味気ない世の中になったものだ。
※『中村祐輔のシカゴ便り』(http://yusukenakamura.hatenablog.com/)2016/0212 より転載
中村祐輔(なかむら・ゆうすけ)
1977年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、1984-1989年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。1989-1994年(財)癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995-2011年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005-2010年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月よりシカゴ大学医学部内科・外科教授 兼 個別化医療センター副センター長。