連載「肥満解読~痩せられないループから抜け出す正しい方法」第20回

妊娠中の安全な糖質制限への取り組み方は人それぞれ!自分のタイプを知る6つのポイント

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妊娠中の糖質摂取、6つのポイント

①妊娠前から糖質制限を開始していて調子の良い人は、そのまま続けてみて、つわりが酷いようであれば糖質摂取量を少しずつ増やしてみる。症状が軽くなったところの糖質量で維持する(逆に糖質量を増やして、つわりが悪化するような場合は、無理をして増やす必要はない)。妊娠中に肝機能異常が見つかった場合には、以下の③を参照のこと。

②妊娠前の糖質制限がそもそもうまくいかない、あるいは体調不良を伴う場合には、糖質制限は継続せずに以下の③を参照のこと。

③妊娠前、現代人の標準である精製糖質を60%かそれ以上食べていたような妊婦さんの場合、精製糖質を玄米や全粒粉のような食物繊維を多く含む糖質に代える。さらには「食べ順」を考えることで食後高血糖を回避する。調子が良ければ徐々に糖質摂取量を減らすが、1食当たり20~40gの糖質制限までにとどめる。調子が悪ければ糖質摂取量を増やす。

④妊娠中に妊娠糖尿病を指摘された人も、上記の③からスタートする。いきなり厳しい糖質制限に走ってはいけない。

⑤先に生まれた子供や血縁に脂肪酸代謝異常症の方がいる場合には、医師に相談の上で、玄米や全粒粉のような食物繊維を多く含むような糖質に代えて、さらには「食べ順」を考えることで食後高血糖を回避することに努めるが、糖質摂取量は減らさない。

⑥前の妊娠中に厳しいつわり(妊娠悪阻)に苦しんだ人、あるいは血縁関係者に厳しいつわりで苦しんだ人がいる場合も⑤からスタートして、調子が良ければ上記の③に進む。前の妊娠中に肝機能異常を指摘された人、あるいは血縁関係者に妊娠中の肝機能異常を指摘された人がいる場合も上記の⑤からスタートしてみる。

 以上になります。非常に面倒くさいと思われるかもしれませんが、人間の体質は一人一人異なるので、万人に共通する食事方法というものは存在しません。上記のような対応が現実的かと思います。

 もちろんこれは妊婦さんに限ったことではなくて、男性でも女性でも厳しい糖質制限をすると体調を悪くする人は、このような体質(脂肪酸代謝にかかわる酵素のヘテロ変異)である可能性を考慮する必要もあると思います(理論上です)。

 このことについては私のブログでも数年前に指摘しておりますが、そこでは妊婦さんと「妊娠脂肪肝(Acute fatty liver of pregnancy:AFLP)」の存在については考慮していなかったので記事として上げさせていただきました。

妊娠中、普通に糖質(60%)を食べさせると危険な人も

 私の記事をずっと読んでくださっている方の中には、逆に妊娠中に糖質を日本人の平均摂取量である55〜60%食べさせると体調を壊す、場合によっては母子ともに危険な状況(高アンモニア血症)に陥る可能性の方々がいらっしゃることにも思い当たると思います。

 これは「シトリン欠損症」という、糖質代謝に問題が起こる体質の方々です。日本人ではホモ変異の方は1万7000人に1人の割合で発生しますので、ヘテロ変異の方は65人に1人いらっしゃることになります。

 シトリン欠損症のヘテロ変異の方も、無症状の保因者であると思われます。この方々は、普通の生活では何の問題も起きません。ホモ変異の方々は、肉や豆を好み、米や砂糖などの糖質を回避する偏食傾向が明らかですが、ヘテロ変異の方々の偏食の傾向は特に報告されていません。

 しかし、ヘテロ変異の方の妊娠中にも、やはり赤ちゃんと胎盤の分の栄養代謝の負荷が増大しますので、そのようなときに糖質をたくさん食べさせるのは良いことではないと思われます。また、赤ちゃんがホモ変異であった場合、糖質負荷は大変危険です。

 現代の医学や栄養学では、妊娠中にカロリー摂取量を上げるように、それも60%程度かそれ以上のカロリーは、炭水化物から摂るように指導されてしまいます。これは65人に1人の妊婦さんにとっては、危険な栄養指導になる可能性があるというわけです(理論上です)。

 もしもあなたが糖質制限、あるいは低糖質の食事の方が好きで、妊娠中の栄養指導で白米を山盛り食べさせられて、体調が悪くなったのであれば、糖質代謝機能が低い体質である可能性があります。

 自己防衛のために、そのような糖質過多の食事は断るべきだと思いますし、医療側もこの可能性を考慮した上で個別に栄養指導をするべきであると私は思います。「お腹の赤ちゃんのために山盛りの白米のどんぶりご飯を食え」と強制することはあってはなりません。

つわりは重い人も軽い人も……なぜ違う?

 妊娠のたびごとに重いつわり(妊娠悪阻)に苦しむ人もいれば、妊娠のたびごとにつわりが重かったり軽かったり極端に変わる人もいます。また、何度妊娠してもつわりにまったく無縁の人もいます。

 私もかつては産婦人科専門医でしたから、これらの現象は知っているものの、「なぜそうなるか?」の説明はできないままでいました。

 つわりの原因が、妊婦さんの脂肪酸代謝経路の酵素遺伝子のヘテロ変異の有無に影響されるのであれば、人によって、また妊娠のたびごとに、つわりの症状に強弱があることは説明がつきます。遺伝子変異がある人は、つわり症状が強くなると思われます。

 お腹の赤ちゃんに、遺伝子変異がないか、ヘテロ変異があるか、ホモ変異があるか、あるいは複数の酵素のヘテロ変異重複(父から別の脂質代謝酵素のヘテロ変異を受け継いだ場合)があるかなどの、胎児・胎盤要因も母親の肝機能への負担に関わり、つわりの重さに影響する可能性があります。

 そう考えると、妊娠のたびごとに様々なつわりの症状があるというのも、納得できるように思えます。

 逆に言えば、私がここで以前に仮説として提示した「妊娠悪阻・つわりとは妊娠中に胎児・胎盤系の脂肪酸代謝がエネルギー代謝が主体になることで発生する一時的な症状ではないか?」という考え方も確からしいということになります。

 以上、既存の知識とそれを基にした仮説の上の話です、たいへんわかりにくかったかもしれません。

 しかし、「妊娠中にいきなり厳しい糖質制限をすることは危険かもしれない」、それと同時に「妊娠中に糖質摂取量をいきなり増やすことも危険かもしれない」ということのみ、認識していただけたらと思います。
(文=吉田尚弘)

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吉田尚弘(よしだ・ひさひろ)

神戸市垂水区 名谷病院 内科勤務。1987年 産業医科大学卒業、熊本大学産婦人科に入局、産婦人科専門医取得後、基礎医学研究に転身。京都大学医学研究科助手、岐阜大学医学研究科助教授後、2004年より理化学研究所RCAIチームリーダーとして疾患モデルマウスの開発と解析に取り組む。その成果としての<アトピー性皮膚炎モデルの原因遺伝子の解明>は有名。
その傍らで2012年より生活習慣病と糖質制限について興味を持ち、実践記をブログ「低糖質ダイエットは危険なのか?中年おやじドクターの実践検証結果報告」を公開、ドクターカルピンチョの名前で知られる。2016年4月より内科臨床医。

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