連載「肥満解読~痩せられないループから抜け出す正しい方法」第15回

妊娠中に糖質制限して大丈夫?「つわり」のメカニズムと糖質制限の安全性

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「つわり(妊娠悪阻)」のメカニズムと糖質制限の安全性(depositphotos.com)

 妊娠中の糖質制限の安全性について、子供の糖質制限同様に、いろいろと心配される方が多いかと思います。もちろん私は、妊娠中の糖質制限についても基本的には心配していません、人類の歴史から言って高脂肪高たんぱく低糖質食こそが人類本来の食事のはずだからです。

 しかし、妊娠中っていろいろと普段とは体調が異なりますよね。食欲や食の嗜好も変わります、特に妊娠初期のあの問題、「つわり(妊娠悪阻)」があります。

 つわりのときに糖質制限しても大丈夫でしょうか? そもそも、糖質制限していたらつわりはひどくなることはないのでしょうか?

 ……大丈夫なんです。というか、つわりの存在こそが「妊婦は糖質制限食がデフォルトである」ということの証明なのかもしれません(今回の話は科学的仮説になります)。

つわりは妊娠初期のホルモン環境が不安定な時期に発生する

 つわりが起こるのは、妊娠6週ぐらいから12週ぐらい、長くて17週ぐらいまでです。ともかく吐き気がして、気持ち悪くなります。そして、それまで好きだった食べ物のにおいにムカムカして、炊き立てのご飯の匂いをちらっと嗅いだだけで吐きそうになるという人は多いですよね。英語で「morning sickness」とも言うように、起きてすぐから症状がある人も多いです。

 では、この時期の妊婦さんの体の中では何が起こっているのでしょうか?

 実は妊娠12週ぐらいまでは、胎盤が完成に向かって成長している赤ちゃんにとっては、まだまだ不安定な環境の時期なのです。妊娠というのは、母親のお腹の中に別の人物が寄生して育つ状態ですから、それをサポートする組織が必要になります。その最たるものが、赤ちゃんが作る胎盤で、その基本形が完成するのが妊娠12週、ほぼ完璧になるのが妊娠17週です。

 胎盤が完成するまでの不安定な時期に、つわりが起こるのです。つわりはこの時期の赤ちゃんを守るために何か大事なことをしているのでしょうか?

胎児はケトン体で育ち、妊娠中の母親も脂質代謝が中心になる

 教科書で妊娠の生理学について読むと、こういうことが書いてあります。

 「妊娠中はインスリン抵抗性が上がり、母親の血糖値は下がりにくくなる。しかしそのために空腹時血糖はむしろ低くなることがある。これは胎児の発育のために血糖を使うので、母親がブドウ糖を消費しないようにするためであると考えられる」

 同じ教科書にこういうことも書いてあります。

 「妊娠中は血中の遊離脂肪酸が上昇し、妊娠後半はコレステロール値も非妊時の1.5倍程度になる。妊娠中の母親は脂質代謝がエネルギー代謝の主体になると思われる」

 これがどちらも正しいとすれば、妊娠中は母親が脂質代謝で胎児は糖質代謝、それぞれ別々のエネルギー代謝を使うことになります。これ、ほんとうでしょうか?

 実はこの推測は間違っていたことを示唆する研究報告が、最近なされました。宗田マタニティクリニックの宗田哲男先生の研究では、妊娠初期から胎児組織でも胎盤の絨毛組織でもケトン体値が大変高いことが報告されています。出産時の臍帯血や胎盤組織でもケトン体値が高いのです(註1)。

 つまり、妊娠初期から母親も胎児も糖質ではなくて脂肪(ケトン体)をメインエネルギーとして使っていると思われるのです。

 実はここにつわりが発生する秘密がありました。

妊娠初期には必ずケトン体エンジンを回す必要がある

 このシリーズの最初のほうでも書きましたが、人間は糖質をメインにする糖質エンジンと脂質(ケトン体)を中心にするケトン体エンジンの二種類を持っていて、どちらも回すことができます(現代人の多くは朝昼晩、糖質をたっぷり食べているので糖質エンジンばっかり回してます)。

 でも、妊娠したら胎児の発育のために、そして母親のメインエネルギーとしてもケトン体エンジンをメインで動かすことが大事です。

 実は宗田先生の研究でも明らかなように、胎盤のケトン体濃度は非常に高くて、胎盤が完成していれば胎児へのケトン体の供給は十分になるでしょう。しかし、胎盤が完成するまでは、母親がしっかりとケトン体を作る必要があります。

 そこで胎盤完成前にはケトン体エンジンが強制的に回るような母体のホルモンコントロールが行われ、糖質エンジンを動かすインスリンの効きが悪くなるようにインスリン抵抗性が上がります。

 すると以下のようのなことが生じます

①インスリン抵抗性が高いので糖質を食べると食後血糖値がなかなか下がらない。

②インスリンの追加分泌が長く続き、結果的に反応性低血糖が起こる。激しい吐き気や気分不快が起こる(つわり症状)。

③低血糖がしばらく続くと、何も食べていなくてもグリコーゲン分解や糖新生で血糖値が上がる(寝ていて起きる前に起こりやすい)。

④この血糖値を下げるためにインスリン分泌がまた追加分泌され続ける。

⑤再び血糖値が必要以上に下がる。このときケトン体産生が不十分だと激しい吐き気や気分不快が起こる(朝のつわり症状)。

⑥下がった血糖値を上げたくなり、食べれる人は糖質をがつがつ食べる(食べづわり)。食べれない人も頑張って食べやすい糖質を食べる。

 そして⑥までいったら、また①に戻ります。つまり、つわり症状というのは胎児発育を確保するためにケトン体エンジンを強制的に回す、それで反応性低血糖が起こり、ケトン体産生が追いついていない人で特に強い吐き気や気分不快が起こっているものと考えられます。

 しかし吐き気や気分不快で何も食べられないという状況、短期間の絶食はケトン体の産生を促しますから、ケトン体エンジンをしっかり回すためには願ってもない症状です。

吉田尚弘(よしだ・ひさひろ)

神戸市垂水区 名谷病院 内科勤務。1987年 産業医科大学卒業、熊本大学産婦人科に入局、産婦人科専門医取得後、基礎医学研究に転身。京都大学医学研究科助手、岐阜大学医学研究科助教授後、2004年より理化学研究所RCAIチームリーダーとして疾患モデルマウスの開発と解析に取り組む。その成果としての<アトピー性皮膚炎モデルの原因遺伝子の解明>は有名。
その傍らで2012年より生活習慣病と糖質制限について興味を持ち、実践記をブログ「低糖質ダイエットは危険なのか?中年おやじドクターの実践検証結果報告」を公開、ドクターカルピンチョの名前で知られる。2016年4月より内科臨床医。

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前編『『人間の「脳」は7時間程度の睡眠が必要! 本当のショートスリーパーは100人に1人程度!?』』

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Doctors marche

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