もし解離性大動脈瘤を発症したら?
紹介画像は、68歳男性の症例だ。6年前より高血圧があり、突然の背部痛に襲われ、痛みが増強する一途なので来院した。
診察では、胸骨左第三肋間を最強点とする「血管性雑音」が聴診器で聴取された。胸部単純CTでは大動脈基部が拡大し、血液のたまった解離腔(偽腔:ぎくう)が形成されていた。解離性大動脈瘤と診断された。
治療として「低血圧療法」が行なわれたが、心不全が増悪して発症2日目に急死した。病理解剖時に観察された上行大動脈(心臓直上部)の解離断面の肉眼像(左)と低倍率の顕微鏡写真(HE染色、右)を示す。心タンポナーデによる急死だった。
肉眼的には、大動脈壁内に形成された解離腔(偽腔)に新鮮な血栓が充満している。顕微鏡写真は解離の辺縁部を示している。「急性解離」が中膜平滑筋層の外側1/3の場所で生じているのがわかる。
解離性大動脈瘤の治療は、薬で血圧を下げることが大原則となる。裂け目が心臓に近い場合、急死の原因となる心タンポナーデや大動脈分枝が詰まることによる心臓や脳の臓器障害を予防する目的で、緊急手術が必要になる。
裂け目のある大動脈の部分を人工血管で置き換えるのだ。「人工心肺」を回すとても大がかりな手術で、手術自体のリスクが決して低くない。
解離が心臓から遠い場合は、危険度の高い手術を避けて、安静と血圧管理でようすを見ることが多い。前述したようにリエントリーがうまく働くと、血液が本来の血管腔と解離腔(偽腔)の両者をとおる安定状態が得られることがある(慢性大動脈解離)。長い経過で解離腔の血液が凝固すると自然治癒状態となる。
一方、動脈硬化症が原因で大動脈に大きなコブ(瘤)ができ、それが破裂して出血死する「大動脈瘤破裂」という病気も知られている。
急死することが多いのは解離性大動脈瘤と共通だが、こちらは生活習慣病である「動脈硬化」が原因なので、解離性大動脈瘤に比べて年齢が高い傾向にある。タバコを吸う男性に多発し、腹部大動脈に起こる場合が多い。
人間味ある名脇役だった阿藤快さんは、2015年11月に「胸部大動脈瘤破裂」で急逝された。69歳の誕生日だった。俳優の米倉斉加年さん(81歳)は2014年8月に、漫画家の畑中純さん(62歳)は2012年6月に、映画評論家の淀川長治さん(89歳)は1998年11月に、それぞれ「腹部大動脈瘤破裂」で急死されている。
歴史作家の司馬遼太郎さんも、1992年2月に腹部大動脈瘤破裂で亡くなった。72歳だった。
大動脈という体の中で一番太い動脈が解離したり破裂したりすると、ついさっきまで元気だった人が、一気に死亡率の高い怖―い病態に陥ってしまうことをわかっていただけただろうか?