連載「病理医があかす、知っておきたい「医療のウラ側」」第22回

女性の「乳房」ほど不思議な臓器はない! ヒトの乳房は大きすぎ? 乳腺は生殖器か?

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乳腺という臓器は生殖器か?それとも?(depositphotos.com)

 暖かさと弾力性にあふれ、あのように肌触りのよい乳房――。母乳を吸う乳児にとどまらず、私を含めた成人男性にとっても、まさに神秘的とさえいえる、抑えがたい魅力をたたえた女性の象徴だ。

 今回は、この乳房にまつわる不思議を取りあげてみたい。

 まず、乳房の機能上の本体である「乳腺」について考えてみよう。

 当然のことではあるが、乳腺が本質的に機能する、すなわち、生理的な分泌が生じるのは、授乳期に限られる。つまり、乳腺という外分泌腺は「腺であって腺でない」、言い換えれば、普段は冬眠状態にある、人体で唯一特殊な<腺組織>なのである。

 一方、さる本に記されていたのだが、「体長に対する乳房の大きさ」という点で見ると、ヒトの乳房は他の哺乳動物に比して、ずいぶんと大きいのだそうだ(もっとも、男性のペニスも動物の中では異様に大きいらしいが)。

 どうして、ヒトという哺乳動物はかくも立派な乳房を持つ必要があったのだろうか?

ヒト以外でオスがメスの乳房に魅力を感じる哺乳動物はいない

 高名な動物行動学者である日高敏隆氏(京都大学名誉教授)のエッセイ集『人間についての寓話』(平凡社ライブラリー、1994年刊)を読んで、思わずうなってしまった。

 本書の第一話「ホモサピエンスは反逆する」によると、ヒト以外の哺乳動物で、オスがメスの乳房に魅力を感じることはないのだそうだ。

 そもそも四足歩行の動物では、乳房は隠れて見えないし、それ以上に、授乳中にメスは決して発情しない。授乳のための器官である乳房とセックスは相反する関係にあるといえる。つまり、乳房は本来、セックスとは対立するものなのである。

 アイルランドの作家、スウィフト(1667-1745年)が1735年に書いたガリバー旅行記の第四話「フーイヌムの国」では、馬がご主人さま、飼われている家畜がヤフー(yahoo)、すなわち人間。とても見にくい顔をして異臭を発し、オス同士はすぐにけんかをする。メスは妊娠中もセックスをする。と皮肉たっぷり。

 さすが、諷刺作家といわれるゆえんだ。YahooはYah(ヤー)とoogh(ウッフ)という汚らしいときに発する叫びのスウィフトによる合成語。

 四足歩行の動物では「セックスは後方から」が原則である。メスザルの尻が赤いのは、「後向きの性」の表われといえるのだそうだ。赤い尻を持つという性的信号の発信者に対しては、攻撃的行動を抑えつつ後方から近づいてゆくという行動様式が、オスには遺伝的に備わっている。

 日高氏によれば、ヒトの乳房は「前向きの性」の象徴なのだ。起立歩行を始めた人類の「種の保存」に必要だったのはメス、いや失礼、女性における「前向きの性信号=セックスシンボル」で、それが大きくてまぶしい乳房だったといえるのはないかと。

 同時に、男性の遺伝子には、女性の乳房に対して抵抗しがたい魅力を感じとる本能が刷り込まれた――。

 ちなみに、発生学的に見ると、乳房(乳腺)と胎盤は、哺乳動物にしか見られない新参者の臓器の代表である。若い臓器である分、乳房は進化の速度が早く、生態変化に対する適応も素早かったのだろうか? 

 悪性腫瘍(乳がん)が多発するのは、まだこれからも進化をし続ける可能性を秘めた、発展途上の証拠なのだろうか?

堤寛(つつみ・ゆたか)

2017年4月より、はるひ呼吸器病院(愛知県)病理診断科の病理部長。1976年、慶應義塾大学医学部卒、同大学大学院(病理系)修了。東海大学医学部に21年間在籍。2001〜2016年、藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授。「患者さんに顔のみえる病理医」をモットーに、病理の立場から積極的に情報を発信。患者会NPO法人ぴあサポートわかば会とともに、がん患者の自立を支援。趣味はオーボエ演奏。著書に『病理医があかす タチのいいがん』(双葉社)、『病院でもらう病気で死ぬな』(角川新書、電子書籍)『父たちの大東亜戦争』(幻冬舎ルネッサンス、電子書籍)、『完全病理学各論(全12巻)』(学際企画)、『患者さんに顔のみえる病理医からのメッセージ』(三恵社)『患者さんに顔のみえる病理医の独り言.メディカルエッセイ集①〜⑥』(三恵社、電子書籍)など。

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