母乳売買にリスクが潜むshutterstock.com
「母乳売買」が世界的に広がりを見せている。イギリスUniversity of London の研究者SarahSteele氏によると、母乳育児ができない母親の4分の3が、医療従事者ではなくネットにアドバイスを求めているという。
中国では、2008年に起きた有害物質メラミンの混入、13年のボツリヌス菌検出騒動で、粉ミルクへの不信感が高まった。消費者は、購入先を主に香港に求めたが、品薄状態になることを恐れた香港当局が旅行者の持ち出せる粉ミルクの量を制限。こうしたことを背景に、母乳をネット上で売買する動きが一気に拡大した。
アメリカでは、バイオ企業による「ドナーミルク」の買い取りが盛んだ。血液検査などの基準をクリアして集められた母乳は調整され、NICU(新生児集中治療室)にいる早産児に提供される。赤ちゃん1人当たりの売り上げは数千ドル。母乳提供者には2000ドル以上稼いだ者もいる。
殺菌されていない母乳を個人で直接提供する人も現れた。その際に使われるのが「eats on feets」をはじめとする母乳提供サイトだ。「only the breast」などのサイトを通じて、母乳をほかのお母さんたちに売る人も登場している。もっと手軽にもっといい報酬を得ようと、女性たちはここで母乳を売る。
日本でも、個人ブログなどで母乳を販売するケースが見られるようになってきた。母乳で育てたいお母さんたちにとって、これは「朗報」なのだろうか?
確かに、母乳には免疫グロブリンなど赤ちゃんに必要な免疫、特に出産後3日目までの初乳にはlgA(免疫グロブリンA)という免疫成分が高い濃度で含まれており、赤ちゃんを感染症から守ってくれるといったメリットがある。だが、母親がHIV(エイズウイルス)などに感染していた場合、母乳を通じて赤ちゃんに感染する危険性がある。「母乳売買サイト」で扱われる母乳は安全なのだろうか。
残念ながら、海外ではさまざまな問題が発覚しているようだ。2013年10月、アメリカの研究チームがネット売買されている母乳を調査したところ、サンプルの75%から有害なバクテリアが見つかり、64%のサンプルからはブドウ球菌が、3つのサンプルからはサルモネラ菌が検出された。ほかにも、102の母乳サンプルの11%に市販の牛乳、または牛乳ベースの粉ミルクが混入していたという調査報告がある。牛乳は乳幼児の口に入ることで、アレルギーや乳糖不耐症による体調の悪化を引き起こす可能性が高いため危険だ。
こうした実態を受け、米小児科学会や独小児医師会が母乳のネット売買に警鐘を鳴らし、イギリスでは医学誌「BMJ」に規制を呼びかける論文(2015;350;h1485)が掲載された。
日本では今のところ被害の報告はないようだが、厚生労働省監視安全課や消費者庁は、「細菌やウイルスによる感染症の被害も考えられ、食品としての販売には衛生上問題がある」としている。
整備が急がれる「母乳バンク」
安全性が担保されているものとして期待されるのが「母乳バンク」だ。母乳バンクとは、母乳が出ない母親に代わり、別の女性の母乳を提供するシステム。提供者は感染症などの有無を事前に検査され、適格者の母乳は、低温殺菌処理後に冷凍保存される。ウイルスの感染者や、喫煙者、輸血経験のある女性は提供者になれない。欧米では約100年前から整備が進み、北米に11カ所、イギリスには17カ所設置され、世界40カ国に定着している。
日本では、2013年7月に国内初の母乳バンクが昭和大学病院小児科(東京都)に誕生したばかり。対象となるのは同病院で生まれた極低出生体重児(1500g未満)で、母乳提供者も同病院で出産し、赤ちゃんがNICUに入院している母親に限られる。同病院では18年までにNPO法人化して普及を目指すという。
母乳育児の需要が高まる中、登場した「母乳売買サイト」。だが、実態が見えない現状では、利用するリスクは高すぎる。安心して母乳提供が受けられるためにも、早期の母乳バンクの拡大・普及が望まれる。それが実現された時、本当の「朗報」がお母さんたちの元に届くことになる。
'(文=編集部)