中村祐輔のシカゴ便り16

リキッドバイオプシーが医療体系を激変させる~がん患者の半数が治癒可能になる時代④

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敵を徹底的に知ることから始めれば道が開けるはず

 医療費の増加が必然の高齢化社会を乗り切るためには、ゲノム情報などを利用したプレシジョン医療が絶対的に必要だ。がんに限らず、病気の予防(ヘルスケア)、早期発見・早期治療は医療費の削減につながるはずだ。

 そして、塩崎大臣が力を入れている、厚生労働省のゲノム医療会議の資料を期待を持って読んだが、あまりにも視野狭窄で愕然とするしかなかった。これでは3周くらい遅れているトラック競技で、必死で追いすがっているレベルだ。もっと世界に目を向けて、将来起こりうることを想定しないと、世界をリードすることなど夢物語だ。

 特に、私はリキッドバイプシー(2)はがんの医療体系を変えると思っているが、日本ではそうでもないらしい。リキッドバイオプシーは
(1)がんのスクリーニング
(2)がんの再発モニタリング
(3)がんの治療効果(薬物療法・免疫療法)の判定
(4)治療薬耐性の判定
などの低侵襲の診断法としてかなり威力を発揮すると考えている。

 もちろん、完璧ではないが、合併症リスクの低くない内臓のバイオプシー(3)などに比べれば、かかりつけの医療機関で簡便に採取できるという利点を持っている。

 日本には、海外に比してCTやMRIなどの診断機器が溢れているので、これらの検査を比較的簡単に受けることができるが、これらの検査の手間を考えれば、血液である程度診断できれば、専門医療機関へのアクセスが悪い患者さんにとってもメリットが大きいはずだ。

 ゲノム医療が医療の現場で活用されるようになってきたのは、次世代シークエンサー(NGS=Next Generation Sequencer)の開発によるところが大きい。1990年に始まったヒトゲノム計画では、一人のゲノムを解読するのに、10年以上の歳月と1000億円の経費を要した。

 それが、今や、全エキソン(5)解析は2週間と5万円で可能だ。1台の機器で一度に大量のサンプルの解析が可能なので、最新機器では解析に必要な時間を人数で割ると、15分間で一人のエキソン解析が可能だ。解析費用も効率的に運用すると3万円程度まで下げられると思う。正常組織とがん組織のDNA解析、がん組織での遺伝子発現解析、そしてその後の情報解析を含めても、一人20万円もあればできると推測される。1万症例の解析をしても20億円でできる計画だ。

 これができれば、膨大な量の医学的に重要な情報が蓄積される。これによる無駄な医療費削減を考えると損はしないと思うのだが、悲しいことに、こんな議論が全くできなかった。

 しかし、自分の信じることを前に進めるしかない。稀少がんも、小児がんも、治りにくいがんも、まず、敵を徹底的に知ることから始めれば道が開けるはずなのだが?

『中村祐輔のシカゴ便り』(http://yusukenakamura.hatenablog.com/)2017/0330より転載

編集部注
*1、プレシジョン医療~より精密な対応を行う個別化医療
*2、リキッドバイオプシー(liquid biopsy)~主にがんの領域で、血液などの体液サンプルによって診断、治療効果などの予測を行う技術
*3、バイオプシー~生体組織診断
*4、次世代シークエンサー~2000年半ばに米国で登場した、遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置
*5、エキソン~構造遺伝子の塩基配列のうち、タンパク質合成のための必要な情報を持つ部分

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中村祐輔(なかむら・ゆうすけ)

がん研究会がんプレシジョン医療研究センター所長。1977年、大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、84〜89年、ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。89〜94年、(財)癌研究会癌研究所生化学部長。94年、東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。95〜2011年、同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005〜2010年、理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年、内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長、2012年4月〜2018年6月、シカゴ大学医学部内科・外科教授兼個別化医療センター副センター長を経て、2016年10月20より現職。2018年4月 内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)プログラムディレクターも務める。

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