連載「病理医があかす、知っておきたい「医療のウラ側」」第14回

病理医・解剖医が不足している日本! 警察官が見抜けない事件が埋もれる可能性

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臨床医や警察官が見抜けない事件が埋もれる可能性

 解剖(autopsy=オートプシー)について少し説明しよう。国家の安全に必須といえる「検死制度」は、先進国の中で実は日本が最も貧弱である。

 日本人の不審死は、年間約15万人にのぼるが、専門検視官(特別なトレーニングを受けた警察官)による検視は1割強に過ぎない。多くは、慣れない現場の警察官が「検視」し、地元の開業医が「検死」する。

 このように不確実な<検案>で「病死」と判断された異状死体は、解剖されない。過日、問題視されたパロマ湯沸かし器事件や相撲部屋(時津風部屋)事件のような、臨床医や警察官が見抜けない事件が多数埋もれている可能性が高い。

 たとえば、夕方にバイクから投げ出された死者を発見した警察官を想定してみよう。

 他の車両が関与する交通事故だとしたら、諸種の手続きに加えて、大学の法医学教室で実施される司法解剖(法医解剖の一種)につきあわねばならない。今晩だけでなく、明日もこの「事件」に忙殺されるだろう。

 警察官がその場で自爆事故死と判断(検視)すれば、少なくとも明日の休日は家族とともに過ごせるだろう。検死する医師(近くの開業医)は、警察官の説明を訊いて、死亡を確認するのが役割だ。そう、法医解剖の必要性は、多くの場合、現場の警察官の判断にゆだねられている!

 常に専門の検死官が判断する欧米に比して、わが国の検死解剖が少ない理由のひとつがこれだ。

 病院での診療関連死に関しては、先に述べたように、病理医を主力とする解剖制度が模索されている。診療関連死か否かは解剖前にわからないことが多いからこそ解剖するのだ。

 そこで、解剖が必要かどうかは、死体に対するCT・MRIによる画像撮影(オートプシー・イメージング=AI)の積極活用が提案されている。司法解剖の場合も同じで、法医学領域でも検討されている。放射線診断医との共同作戦だ。

 流行作家で元病理医の海堂尊氏が、自身のベストセラー作品の中で強く訴え続けている重要ポイントである。

生きた患者を救うだけでなく死者の原因を究明する

 日本では病理医も法医医師も決定的に足りない(病理専門医は2100人あまり、法医医師は120人程度)。しかも、解剖医の養成には長期間を要する。全国に死因究明制度を拡大する場合、法医医師が約1000人必要と試算されている(現在の8倍!)。多くの医師が法医を目指すように誘導する必要があるのだ。

 生きた患者を救うのみならず、死者の死因を究明する医師の役割を理解する社会環境が重要だ。そう、「死者に優しい医療」が必要なのだ。

 現実には、不審死の多く(3分の2以上)が病死であるため、米国式に病理解剖学的な素養を身につけた法医医師の育成が望まれる。米国では、法医医者のトレーニングは病理診断の上級コースの位置づけである。

 全国に均一な死因究明制度を導入するなら、それはまさに国家施策だ。2011年4月、日本法医学会、法務省、警察庁、文部科学省、厚生労働省の代表がつくる「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」が、「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方について」を公表した。

 新しい法医解剖制度と法医学研究所の設置が提唱されている。解剖費用に関する国家負担の増額も当然だ(現在の総額5,000万円で打ち止め)。その上で、解剖医が何人必要か、近未来をめざすビジョンが求められている。

 ただし、この新しい委員会には、日本病理学会は関与していないし、先に述べたように診療関連死に関する医療安全調査委員会とは切り離されて議論が進んでいる。

 死因究明制度という意味では同じなのに! 厚生労働省と法務省・警察庁の主導権争い、いや縦割り行政の泣きどころなのだろう。

 でも、解剖医の人材育成とリンクしなければ、絵に描いた餅だ。少なくとも私は、問題は山積していると強く感じる。

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