高齢化するコミュニティーに必要なものとは?
「先生、認知症はどうやったらよくなるんでしょうか」
あるとき、なんとなく重い空気の中で相談を受けた。病院の診察室ではなく、相馬市の井戸端長屋での一コマだ。
井戸端長屋というのは、東日本大震災で被災した高齢者のために相馬市が造成した公営住宅だ。私は一カ月に一度、医師として健康相談を受けるために訪問している。[1]
長屋は5棟あり、それぞれに特色があるが、この日訪問していた長屋は、最も活気があるところの一つだ。朝6時から住民全員でラジオ体操をする、年に数回は旅行へ行くなど積極的な住民活動が行われていた。みんなで健康を維持しようと積極的に心がけているので、コミュニティ内で運動習慣が保たれるし、不安も軽減する。毎月訪問していた私も、住民同士で支え合う「互助」とは、こういうことなのかと楽観的に考えていた。
しかしこの日、詳しく話を聞くと、入居者の1人が、「お金が盗られた」と騒いで困るというのだ。一緒に探すと部屋の中から見つかるのだが、その前に特定の住民を犯人呼ばわりしてしまうので、雰囲気が悪くなるとのことだった。
これは典型的な「もの盗られ妄想」である。認知症の合併症のうち最も一般的なものの一つで、アルツハイマー型認知症や脳血管型認知症の20~75%にみられる。[2] 周囲の対応や投薬で良くなることもあるが、完全に治すことは難しい。
すぐに、もとから通っていた主治医に連絡して認知症の治療を開始していただいた。さらに、住民には認知症についての説明を行い、本人を厳しく責めても状況が好転しないこと、なるべく不安を理解してあげるのが大切であるということを伝えた。しかし、家族でもない住民が、そのストレスを許容することは限界だった。結局、その住民は長屋を出て家族と暮らすことになった。