高齢社会のコミュニティーで<健康第一>を共通価値にすると排除が起きる!?

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健康ではなくなった人を排除するコミュニティー

 私が上記の住民の一件を通じて学んだことは、「健康であること」を共通価値とする危うさである。

 現在の日本では核家族化が進み、独居高齢者は65歳以上の17%(男性13.3%、女性21.1%)を占める。[3] そうなると、介護を家庭内で行うことはできない。そこで、コミュニティ内で住民同士が支え合う「互助」が重要と言われるようになってきた。私自身も、そう思っていた1人だ。冒頭で述べたような長屋での住民活動のように、コミュニティのなかで健康を維持する活動を続けていくのが理想的だと考えていた。

 しかし、これは間違いだった。「健康であること」を共通価値とすると、「健康であるべき」という規範が生じてしまう。すると、健康でなくなった人を疎外してしまうのだ。

 先の井戸端長屋の例でも、認知症に接した当初はみんな「かわいそうだ」「私達がしっかりしなくちゃ」と同情的・共感的であったが、不満が蓄積してきた終盤では、そういえば仮設住宅にいたときから私達と違った、というように差異を強調する表現が増えてきた。不健康な状態(今回は認知症)を遠ざけようとするあまり、その状態を他人事として捉えようとして、健康でない人をコミュニティから切り離してしまう。その結果、「健康であること」を目標としているコミュニティは、互助のセーフティネットとしての機能を果たすことができないのだ。

 同様の危うさは、高齢者地域の取材記事でもよく目にする。高齢者ばかりの村でよく聞く「うちの村は高齢者ばかりだけど、みんな健康だから」という住民の発言は、「みんな健康であるべき」という規範の裏返しだ。このようなコミュニティでは、一旦健康を損なうと、疎外されかねない。

 さらに、社会保障費負担の背景もあり、自治体が健康を奨励する場合もある。しかしこれはコミュニティ内で断絶を招く。たとえば自治体が主催するキャンペーンが「介護予防」をテーマにしていると、すでに介護サービスを使っている高齢者には罪悪感が生じるし、新規に介護サービスを開始することを躊躇する高齢者も出る。理想的な健康を維持できるという幻想を追い求めることは、住みやすい社会にはつながらない。

高齢化社会で重要な地域への愛着

 ここでもう1人、別の長屋での経験を紹介したい。

 この長屋はどちらかというと先述のような「体育会系」ではなく、住民は集まって会話することはあれど旅行や体操などの活動はしていなかった。そこに住む83歳の女性は現在要介護2と判定され介護サービスを使っている。ある住民が脳梗塞で入院してから、「私もいつ介護が必要になるかわからない」という言葉が増え、そこから抵抗なく介護サービスの導入に至った。

 ここに長屋のような共同住宅の果たす役割があるのかもしれない。他の住民と過ごすことで、健康でない状態を自分事として捉え、適切に準備することができる。そのためには、「健康を熱心に追い求める」という共通価値はむしろ邪魔なのかもしれない。

 一方、私がここの長屋の特色だと思うことは、昔話が多いことだ。戦時中・戦後の話、初めて中学校ができたときの話、震災前の漁業の話、など様々な時代の話を聞く。地域への愛着が強い。ある日、ここの長屋の住民に、息子が暮らす〇〇市は出かけるにも医療機関を受診するにも便利そうだし、行きたいと思うことはあるのかと聞いたところ、ある住民は「私はここで育ってここが好きだから、息子のいる〇〇市には行きたくないなあ。行くときは死ぬ少し前かな」と言ったのだ。彼女にとっては健康よりも地域への愛着の方が優先順位が高い。

 高齢社会では、誰もが不健康な状態に陥る危険がある。「健康を目標にすること」よりも「地域への愛着があること」を共通価値観とするコミュニティの方が暮らしやすい社会を実現できる。住民の共通項を持ちやすく疎外されにくいからだ。こうして、健全で、予想外の出来事に強いコミュニティを作ることができる。実際、地域への愛着が強いコミュニティは、被災後に復興が早いという研究もある。[4]

 80代後半の長屋の住民たちに対して、私がいま健康相談という名前で行っているのは、ほとんど地域の昔話を聞くことだ。もちろん医療者として、住民の健康に関する不安を除いてあげることは重要だ。しかし、いたずらに健康を奨励することは余計なお世話なのかもしれない。
(文=森田知宏)

<引用文献>
1. 森田知宏. MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol.110 日本の将来を救う福島県浜通りの高齢化対策. http://medg.jp/mt/?p=5860.
2. Holt AE, Albert ML. Cognitive neuroscience of delusions in aging. Neuropsychiatr Dis Treat. 2006;2(2):181-9. PubMed PMID: 19412462; PubMed Central PMCID: PMCPMC2671775.

医療バナンス学会発行「MRIC」2019年2月4日より転載(http://medg.jp/mt/)

森田知宏(もりた・ともひろ)
相馬中央病院 内科医
東京大学医学部医学科卒業 2012年4月より亀田総合病院にて初期研修。 2014年5月より相馬中央病院 内科医として勤務中。

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