国民健康保険が「未病」を招く?
それに引き換え、現代人の健康に対する考え方は「病気になって初めて医者にかかる」。しかも、自分自身のカラダのことが分からず、「専門家である医師に丸投げ」という状況になっている――と丁医師は嘆く。
その一因として、現行の国民健康保険制度を挙げた。
「健康保険制度というのは、病気になって初めて保険が適用されるシステム。人間ドッグにかかるなど普段から健康に気を遣う人には「損をするシステム」。「健康に投資をしている人」が得をしないのは、おかしな話です」(丁医師)
漢方の考えでは、人間ドックで異常値が見つかったら、それはすでに「未病」にあたるという。
「そこで生活習慣や食事を指導をして、健康な状態に戻すのが、本来の医療のあり方です」(丁医師)
ところが現実は、「具合が悪ければ、またどこか受診してください」というような、アフターケアが不十分な状況にある。そして、「さらに病状が進んでから医療機関を訪ねる」のが日本では通例だ。
「病気になって初めて保険が適応されるという、現在の国民健康保険制度の弊害だ」と丁医師は喝破する。
「アメリカには、国民全体をカバーする健康保険がない。自らの不摂生で身体を壊した人の治療費を国民全員で負担する、という考えはない。つまり、健康に留意しないと保険料が上がるシステムになっている」
「健康に対して意識の高い人は、マッサージや鍼灸、アーユルヴェーダ……さまざまなセルフケアを試すし、病気の早期発見・早期治療にも熱心だ。その結果、近年では米国人のがん患者数も減っている。自らの健康に関心をもつ――日本も大いに参考にすべきですね」
「摂養」でいちばん大切なのは「保養」
「未病」という江戸時代の考えに基づく考えが、これから日本で復活するのではないか――丁医師はそう考える。その中心となる概念の「摂養」のなかでもっとも大切だというのが「保養」だ。
「『保養』こそ、いまの日本人が忘れている重要な概念。たとえば、疲れたら休養してその日のうちに回復させる、1週間の疲れは週末でリセットする。このようにすれば、健康は確実に向上し、病気になるのを防ぐことにもつながる」(丁医師)
なかでも、近年増している精神疾患は「保養でとてもいやされる」という。
「うつ病の患者さんに話を訊くと、躁うつ病なのに、躁のときに休まず活動した結果、うつ病が悪化した――というケースが少なくありません。大切なのは、きちんと休める場所があること。ゆっくりと心身をいやせる環境が、健康の維持には不可欠だと思います」
「未病」のうちに体調を整えることは、結果的に医療費の削減につながる。「政府は、もっと予防医療に保険を適応すべきだ」(丁医師)という訴えは一聴に値する。
(取材・文=里中高志/精神保健福祉士、フリージャーナリスト)
丁 宗鐵(てい・むねてつ)
1947年、東京生まれ。横浜市立大学医学部卒業。医学博士。同大学大学院医学研究科修了。1979年から1981年まで米国スローン・ケタリングがん研究所に客員研究員として留学。日本東洋医学漢方専門医・指導医。現在、日本薬科大学学長。漢方医療の専門医として、『主治医が見つかる診療所』(テレビ東京系)など、テレビ・ラジオでも活躍。著書に『図解 東洋医学のしくみと治療法がわかる本』(ナツメ社)、『名医が伝える漢方の知恵』(集英社新書)、『その生き方だとがんになる:漢方治療の現場から』(新潮文庫)、『ガンが逃げ出す漢方力』(ヴィレッジブックス)ほか多数。