「白身魚」と「赤身魚」の違いには意味がある
筋肉の色は「ミオグロビン」の量によって左右される。ミオグロビンとは、骨格筋細胞のなかだけに存在して酸素を結合する「赤いタンパク質」のことである。
すばしっこい動きをする近海魚の筋肉(「白筋」すなわち「速筋」)におけるエネルギー代謝は、おもに酸素を必要としない代謝経路(解糖系)に依存しているため、この筋肉にはミオグロビンが少ない。だから、白身の魚にとって、運動の後のゆっくりした休憩は欠かせない。
長距離ランナーである遠海魚の筋肉(「赤筋」すなわち「遅筋」)には、逆に酸素の利用(有酸素運動)が不可欠だ。つまり、血液のヘモグロビンから酸素を奪いとる働きのあるミオグロビンの存在が重要であり、効率のよいエネルギー源となる脂肪の量も多い。ミオグロビンが多いから赤味なのだ。
脂肪分の特に多い部分が「トロ」に相当する。彼らは睡眠中も泳ぎつづけるそうだ。泳いでいないと死んでしまう。ヒレを動かす白身魚の血合いにミオグロビン量が特に多く、赤くみえることにも納得がゆく。
一酸化炭素中毒の「死に顔」はバラ色に
渡辺淳一氏の小説『桜色の桜子』は、桜色の美しい「死に顔」を疎遠になった恋人に見せようと排ガス自殺した女性の悲しい物語。排ガス中の一酸化炭素がヘモグロビンに結合して酸素を押しのけると、酸素不足になるが、顔色はバラ色になる。このとき、赤い筋肉にも一酸化酸素が増えている。一酸化炭素は、ヘモグロビンやミオグロビンから酸素を奪って結合することで毒性を発揮するのだ。
そこで、次の質問――。
「夜間の女子寮の火事。一酸化炭素中毒で死亡した女性たちは、着替えや化粧をしようとしていた形跡があった。着替えようとするゆとりさえあった、この若き彼女たちが死んでしまった理由を考えてください。」
一酸化炭素中毒では、血中でヘモグロビンに結合した一酸化炭素が速やかにミオグロビンへと移動するために、息が苦しくなるより前に筋肉が麻痺してしまう。いいかえれば、「助けて!」と叫べなくなるし、逃げようにも足の筋肉が動かせないという状態に陥るのである。火事では、何より早く逃げだすことが大切だ。
短距離は白? 長距離は赤?
ウサイン・ボルトや桐生祥秀といったスプリンターの筋肉は「白っぽく弾性に富み」、シドニーオリンピックのマラソンで優勝したエチオピアのゲザニ・アベラや高橋尚子の筋肉は「赤みの強い霜降り」に違いない。
ケニアのナイロビに滞在中、ダチョウの筋肉を食べる機会があったが、まるで牛肉のような赤さが印象的だった。さすが、名だたる長距離スピードランナーである。
ちなみに、サケの筋肉の「ピンク色」はアスタキサンチンと称される赤い色素によるそうで、サケは白身魚の仲間だそうだ。