胎盤食論争、捨てるべきか、食うべきか!?
胎盤食! 何やら謎めいたヌメリのあるバズワードだ。古今東西、人類は種々雑多、稀味異形の食材を矯(た)めつ眇(すが)めつ、恐る恐る蛮勇をふるっては口々に運んだ。
中国人の食狂いを「四本足は机以外、二本足は両親以外、飛ぶ物は飛行機以外、水中の物は潜水艦以外なんでも食べる」と嗤う。だが、中国人にすれば、「民は食をもって天となす」という中国料理(広東料理)の真髄を鼻高々に誇ったジョークに過ぎない。
かの夏目漱石も小説『吾輩は猫である』の一節に「始めて海鼠(なまこ)を食い出(いだ)せる 人は其胆力に於て敬すべく」と唖然として書き記している。だが、誰が最初に胎盤を食べたかまでは、くしゃみ先生もご存知なかったに違いない。
さて、先述したように、哺乳類が出産後に胎盤を食べる行為が胎盤食(Placentophagy)だ。有胎盤哺乳類のほとんどは胎盤を食べるが、ヒトを筆頭に、鰭脚類(ネコ、イヌ)、鯨類、ラクダなどは食べない(Mark B. Kristal (2 February 1980), “Placentophagia: A Biobehavioral Enigma”, Neuroscience and Biobehavioral Reviews4: 141–150, doi10.1016/0149-7634(80)90012-3,)。
胎盤は、母体由来の「基底脱落膜」と胎児由来の「絨毛膜絨毛」からなる。母体と胎児の代謝物質交換、ガス交換、免疫学的支援、ホルモン産生、妊娠の維持などの生命に関わる重要な役割を担う。
胎盤は、分娩時、胎児のあとに後産として娩出されるが、後産とともに排出される羊膜・臍帯などを「胞衣(えな)」と呼ぶ。さらに残存している変性した胎盤、胎膜、子宮粘膜の分泌液、血液など、ほぼ完全に体外に排出される残存物を「悪露(おろ)」と総称する。
胎盤に産出される蛋白質ホルモンは、黄体を維持する「ヒト絨毛性ゴナドトロピン (hCG)」 と乳腺を刺激する「ヒト胎盤性ラクトゲン (hPL)」 があり、ステロイドホルモンは、妊娠を維持する「プロゲステロン」と子宮や乳腺を刺激する「エストロゲン」に分かれる。
産後、胎盤は臓器としての役割を終えて脱落する。先述のように、産後に羊膜などと一緒に胎盤を食べ、分娩による消耗を補填する動物もいる。
また、ブタ、ウマ、ヒトなどの胎盤は、医薬品として漢方薬の紫荷車(胎盤を乾燥させたもの)のほか、化粧品や健康食品などにも利用されている。
さらに、胎盤食は、滋養強壮、更年期障害防止、エイジングケア、産後の貧血や抜け毛対策、母乳分泌不全の改善、うつ病対策などに効果があると宣伝されている(「自分の胎盤をナマで食べるのが一番」。英女性が3度の経験を告白。 Techinsight. 株式会社メディアプロダクツジャパン 2014年9月10日)。
しかし、胎盤食を実行した女性の人数や効果に関する科学的な調査研究結果は、まったく見当たらない(AFPBB News. Raphaëlle PICARD. 「胎盤食べて活力アップ?出産後の新健康法、米国でじわり浸透」)。
英国王立産婦人科学会の産科医・広報担当Maggie Blott氏は、産後うつ病の理論についての論争で、こう結論づけている。
「動物は栄養をとるために胎盤を食べる。しかし、人間は既に充分滋養が与えられているので、利点も理由もない」と胎盤食の医学的根拠を否定している(BBC News Why eat a placenta? 2006年4月18日) 。
いかがだろう。胎盤食論争。捨てるべきか、食うべきか?
(文=編集部)