ノム編集技術(CRISPR-Cas9:クリスパー・キャス9)のポテンシャルに期待が高まる(depositphotos.com)
米オレゴン健康科学大学(OHSU)のPaula Amato氏らの研究チームは、ヒトの受精卵から心疾患の原因となる「遺伝子変異」を除去する実験に成功し、その成果を『Nature』8月2日オンライン版に発表した。
発表によれば、研究チームは「遺伝性の肥大型心筋症を持つ男性の精子」と「12人の健康な女性の卵子」から作製した受精卵に、特定の遺伝子配列を標的として切り取るゲノム編集技術(CRISPR-Cas9:クリスパー・キャス9)を活用して遺伝子変異の除去を試みたところ、72%の高確率で正常な遺伝子に修復できた。
遺伝性の肥大型心筋症の発症率は、およそ500人に1人だが、心不全や心臓突然死のリスクが高く、若いアスリートの突然死の原因でもある。
遺伝性の肥大型心筋症は、「MYBPC3」という原因遺伝子の「正常なコピー」と「変異したコピー」を1つずつ受け継ぐと発症し、患者の子どもは50%の高確率で遺伝子変異を受け継ぐ。
今回の研究は、受精卵の中でMYPBC3遺伝子の「変異したコピー」を破壊したので、受精卵のDNA修復プロセスが活性化され、遺伝子の「正常なコピー」を鋳型に用いて破壊されたコピーを修復したことになる。
したがって、受精卵は2つの正常なコピーを持つ胚になったため、この胚を女性の子宮内に移植すれば肥大型心筋症のリスクのない子どもが生まれ、その子孫にもリスクは生じないと考えられる。
だが、標的とするMYPBC3変異遺伝子以外の遺伝子の働きを意図せずに変化(阻害または活性化)させるオフターゲット効果は確認されなかった。
今回の成果は、遺伝形式が同じ「嚢胞性線維症」や「BRCA遺伝子変異」によるがんにも応用できる可能性が高いという。
ゲノム編集技術(CRISPR-Cas9)のポテンシャリティ
米国心臓協会(AHA)スポークスパーソンである米ケンタッキー大学のDonna Arnett氏は「ゲノム編集技術(CRISPR-Cas9)は、遺伝子変異が及ぼす影響を解明するための実験用ツールとして用いられてきた。この研究は、将来的に単一遺伝子疾患の治癒につながる可能性がある」とコメントしている。
Amato氏は「受精卵の遺伝子を修復する今回の方法は安全と考えられるため、次世代に遺伝性疾患が伝播することを防げる可能性が高い。着床前遺伝子診断と併用すれば、遺伝的に健康な胚を作製できるので、体外受精(IVF)の成功率を向上するだろう」と期待を込める。
本研究の上席著者であるOHSU胚細胞・遺伝子療法センターのShoukhrat Mitalipov氏は「今後の研究では、安全性の確認と効率の向上に注力した。今後は、ヒトの臨床試験へ進み、修復した胚を用いた妊娠の実現をめざしたい」と話す。
米国では生殖細胞の遺伝子組換えに関連する臨床試験は認められていないので、公的な助成は得られないが、ゲノム治療が法的に公認されている国で臨床試験が実施される可能性はある。