連載「救急医療24時。こんな患者さんがやってきた!」第9回

かつて社会問題になった「割り箸事件」と同様の患者が救急搬入!もし脳に折れた箸が残っていたら!?

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本当に脳への異物浸入がないか?

 ERドクターは神経学的に異常はないと判断し、とりあえず脳への異物浸入がないかどうかを、頭部・顔面の単純レントゲンとCTを撮って調べることにした。

 検査結果は、顔面骨、頭蓋骨、脳のいずれにも問題はなく、また異物も見当たらなかった。箸などの異物は、単純レントゲンやCTでは写らない場合もあるため、これだけでは100%否定できないが、異物はないものとERドクターは判断したのだ。

 異物が生体内にないことは、ERドクターが当初に予想したとおりであり、結果を両親に報告した後、最終確認のため口腔内と鼻腔内を直視下に調べることにした。

 看護師が患者を抱っこして、もう1人の看護師が顔を抑えて、泣きわめく子供の口腔内を調べた。口腔内は全く問題なかった。次は鼻腔内だ。鼻鏡を入れるだけで暴れようとする患者を抑えて右鼻腔内を見た。すると奥に何か白いものがあるのがわかった。念のため左鼻腔内も見た。そこには先程右側で見られた白いものは見られない。

 ERドクターは、その光景を疑ったが、右鼻腔に異物が存在することを確信した。自分が予想していた結果とは全く違ったことにびっくりしたが、次の瞬間、その異物を除去することを考えた。そしてセッシで異物をつかみ除去した。

 ERドクターは、その瞬間、何の抵抗もないことを実感し安堵した。もし万が一、異物が顔面骨や頭蓋骨や脳に刺さっていた場合は、除去するときに何らかの抵抗があるはずである。刺さっていたものを除去することで、今まで止まっていた血(止血されていたもの)が再度出血して取り返しがつかないことになることもある。

 一応、単純レントゲンとCTで問題ないから、骨や脳には刺さっていないはずだとは思いながらも、最後まで気を抜けない一瞬であった。異物除去後、少しの鼻出血があったが、それは直ぐに止まった。そして、除去された異物は両親が言っていた箸の先であった。

頭部・顔面CTの再構成で箸の先を画像上でも確認

 異物除去後、異物除去前の頭部・顔面CTを再構成することで異物の確認ができる場合があるため、ERドクターはレントゲン技師にCTの再構成を頼んだ。つまり、通常のCTは水平断(水平断面)のみの画像であるが、別の断面(矢状断や前額断)や3D・CTという詳細な画像作成を頼んだのである。ちなみに、矢状断とは縦断面、前額断とは横断面である。

 その結果、追加した再構成の詳細画像で、右の鼻腔内に異物(箸の先)があることがわかった。右鼻腔内に異物があることがわかっているため、その目で見ると、再構成した詳しいCTに、ちゃんと箸の先が写っているのが確認できたわけである。

 再構成された詳しい画像を見ると、箸の先は頭蓋骨の鼻腔側の骨の手前で止まっていて、骨にも刺さっていないし、もちろん脳にも刺さっていないことが確認できた。異物があるかどうかわからない場合は、ここまでの詳しいCTの画像を作ることはないが、直視下に異物が確認できたため、ここまでの詳しい画像をつくることになった。医学的には、異物はあったが頭蓋骨や脳には問題ないことがほぼ確定した。

 ERドクターは、両親に除去した箸の先を見せた。両親も驚いていたが、やっぱり連れてきてよかったと安堵していた。その光景は、ERドクターも少し心休まる一瞬であった。患者は念のため脳神経外科に入院することとなり、両親もそれを希望した。

割り箸事件の教訓

 割り箸事件が起こった後、口腔内や鼻腔内の異物(箸など)疑いは、患者側も医療サイドも神経質になっている。ほとんどは何もないため、話を聞いてそれらしくないと判断すると否定的な先入観ができてしまっている。実際、異物が確認できた今回のようなことは非常に珍しいことである。

 ERドクターは話の経過からして異物はないものと判断したが、やはりある確率で異物混入があることを再認識し、異物があることを前提に診療を進めなければならないことも再認識した。その中の一部が割り箸事件のように脳に異物が刺さるような大惨事となるのである。

 もう一つ、子供の親への啓蒙も必要である。子供には絶対に棒類を持って遊ばせない、予防が最も重要であることを両親に教えるべきである。子供の不慮の事故のほとんどは予防できるということ、起こってしまってからでは遅いということである。世のお父さん、お母さんは、ぜひこのことを肝に銘じてほしい。

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河野寛幸(こうの・ひろゆき)

福岡記念病院救急科部長。一般社団法人・福岡博多トレーニングセンター理事長。
愛媛県生まれ、1986年、愛媛大学医学部医学科卒。日本救急医学会専門医、日本脳神経外科学会専門医、臨床研修指導医。医学部卒業後、最初の約10年間は脳神経外科医、その後の約20年間は救急医(ER型救急医)として勤務し、「ER型救急システム」を構築する。1990年代後半からはBLS・ACLS(心肺停止・呼吸停止・不整脈・急性冠症候群・脳卒中の初期診療)の救急医学教育にも従事。2011年に一般社団法人・福岡博多トレーニングセンターを設立し理事長として現在に至る。主な著書に、『ニッポンER』(海拓舎)、『心肺停止と不整脈』(日経BP)、『ERで役立つ救急症候学』(CBR)などがある。

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