教科書の行間を埋めてくれる肉眼解剖学の先生がいなくなった
現在の大多数の解剖学講座が行う肉眼解剖の教育現場は、初期発生や器官発生が研究テーマの人が教えている。内容的には教科書に書いてあることを教えている。
「それなら大丈夫なのでは?」と思われるだろうが、解剖学の教科書には基本が書いてあるだけだ。そこから始まるヒトの体の細部の情報はほとんど記載されていない。
かつて肉眼解剖学の先生は、教科書に書いてあることだけでなく、稀な例についても多くの情報を授業で話したり、実習で見せたりしていた。たとえて言うなら、教科書の行間を教える役目をしていたのが、肉眼解剖学の先生である。
しかし、昨今の各学校の都合や各講座の教員が減ってしまったこと、業績なので事情で、肉眼解剖学の先生がDNAを研究する先生に変わってしました。肉眼解剖学の先生という、教科書の行間を埋めてくれる人がいなくなった状態で、臨床の専門課程に学生は進んでいく。教科書に記載された基本しか説明されずに、破格(ハカク:解剖の業界用語で「バリエーション」の意味)である行間を埋めることなく臨床過程に進み、卒業後に外科医として手術に臨んでしまう。
想像してほしい、未来の医療現場を……
ヒトの体が、教科書と全く同じであることなどまずない。多かれ少なかれ、どこかに破格はある。
あなたが、病気で手術を受ける身になって考えてほしい。あなたの体の解剖学的構造が、教科書と異なる場所に、血管が、神経が、筋肉があった時、教科書の記述しか知らない状態で学校を出て来た医師や歯科医師に診療してもらう恐怖を……。
今、医学生が臨床の第一線に出てくるのは15年くらい先でしょう。それが2030年だ。だから私は言うのだ。これから先の医療は大丈夫なの?
肉眼解剖学の研究者の減少は、肉眼解剖学の授業の質の低下を導き、臨床に出てからは医療事故につながるのでは……。2030年、あなたの体を見てくれる医師は、あなたの体をどこまで知っているか?