連載「病理医があかす、知っておきたい“医療のウラ側”」第9回

患者自身が治療法を選ぶと“医療リスク”が高まる!? ~インフォームドコンセントの難しさ

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インフォームドコンセントは「言うはやすく、行なうはかたし」(shutterstock.com)

 以前、高血圧と脳梗塞の後遺症による言語障害を患う80歳を過ぎた義父が、大動脈弓部に巨大な動脈瘤を指摘された。

 内科医は手術を強く勧めた。内科的管理には限界があるとの判断からだ。義母とともに、相当長い時間をかけた説明を繰り返し聞いたらしい。

 相談を受けた私は、手術を押しとどめた。なぜなら、手術に伴うリスクがあまりに大きく、術後に孫(私の娘)と買い物にいける可能性は、明らかに50%以下。血栓で詰まった大動脈瘤が、いつどの程度の確率で破裂するか、客観的なデータが乏しいためだ。

 どこで手術するかにもよるが、手術の死亡率は15%を超えるだろうし、術後に脳梗塞の再発・悪化、心筋梗塞の併発、寝たきり状態に続く褥創(床ずれ)の形成、痴呆の進行がみられる確率は決して低くない。

 老夫婦は「何やらたいへんな手術みたいだねえ」と言う。結局、2年後に動脈瘤が破裂して亡くなったのだが、それまでのQOL(生活の質)は比較的よく保たれていたので、私は正しい選択だったと信じている。

医師の言うことを100%理解することは絶対に不可能

 インフォームドコンセント(説明と同意)は「言うはやすく、行なうはかたし」が実態である。

 医療者側から見ると、説明文を準備したうえで患者さんに医療の内容を説明し、同意書にサインをもらえば一件落着で、何かあればその書類がものをいうといったところが実感だろう。

 一方、患者さんにとって、インフォームドコンセントに基づくインフォームドチョイスは、明白な〝患者の権利〟である。とはいえ、難解な医学用語を交えた説明を突然受けた患者さんは、「よろしいですね」もへったくれもない。よくわからないけど同意書にサインをしないと先に進まないと感じるのではないだろうか。

 この現実はどうしようもない。医学知識は広範かつ複雑で、ちょっとやそっと勉強したくらいで簡単にわかるようなしろものではない。圧倒的な医学知識の落差を埋めて、医師の言うことを100%理解することは、絶対に不可能だろう。

 日々、医学生に医学を教えている立場からすると、授業で1時間をかけて丁寧に説明したうえで試験をしても、学生たちは〝ろくにできない〟ことが多い。それほど医学的内容は、複雑怪奇・難解至極といっても過言ではない。すっと理解できる患者さんがいるほうが不思議である。

 医学生が6年間の学習を終えて医師国家試験を受験する際には、すべての領域に関する相当に細かい医学知識の習得が要求される。ところが、実際に医師になると、専門分化によって知識や技能は特定領域に集約し、日常の診療で必要としない知識・技能は消滅あるいは形骸化する。

 わが国では医師法上、医師免許さえあれば何科を標榜してもよい自由標榜制が採用されている。病理医の私が外科の診療を行っても合法である。全く現実性のない話だ。

堤寛(つつみ・ゆたか)

藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授。慶應義塾大学医学部卒、同大学大学院(病理系)修了。東海大学医学部に21年間在籍し、2001年から現職。「患者さんに顔のみえる病理医」をモットーに、病理の立場から積極的に情報を発信。患者会NPO法人ぴあサポートわかば会とともに、がん患者の自立を支援。趣味はオーボエ演奏、日本病理医フィルハーモニー(JPP)団長。著書に『病理医があかす タチのいいがん』(双葉社)、『病院でもらう病気で死ぬな』(角川新書)、『父たちの大東亜戦争』(幻冬舎ルネッサンス)、『完全病理学各論(全12巻)』(学際企画)など。

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