一方、ドーパミンは快感と多幸感(ユーフォリア)をもたらす神経伝達物質である。恋をするとドーパミンが放出されて幸福感を覚えることはよく知られている。ドーパミンが適度に分泌されているとき、脳は覚醒し、集中力が高まり、すべてに前向きとなる。しかし、多く分泌されればいいというものでもない。
例えば、覚醒剤はドーパミンとよく似た働きをもつと同時に、ドーパミンの作用を増強することにより、強烈な覚醒効果と快感をもたらす。しかし、こうした働きが、結果的に人間の精神活動を混乱に陥れることから使用を禁止されているのである。
また、セロトニンはノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑えて、心の落ち着きや安定感をもたらす神経伝達物質である。セロトニンの分泌が減少すると、人はやる気や集中力が低下し、イライラしてキレやすくなったり、寝つきが悪く不眠になったり、気持ちが落ち込んでうつ状態になったりする。
しかし、うつ病の治療のためにセロトニン作動系の抗うつ剤を多量に服用したり、薬剤の相互作用によって脳内のセロトニン濃度が高まり過ぎると、今度は、発汗や心拍数の増加、吐き気、筋肉の痙攣、体の震え、頭痛、錯乱、昏睡などの、いわゆる「セロトニン症候群」と呼ばれる症状が出現する。
つまり、脳内ホルモンは、増えすぎても減りすぎても心身のバランスが崩れて、人は容易に不安定な状態に陥ってしまうのである。
ホメオスタシスで更年期特有の不快な症状は次第におさまる
ところで、脳の視床下部には下垂体を経由して卵巣へエストロゲン分泌の指令を送る最高指令室があることは前回述べた。ところが、ここには呼吸、循環、血圧、体温調節、内分泌、代謝といった自分の意思ではコントロールできない機能を制御する自律神経の最高指令室(支配中枢という)も存在している。更年期には、視床下部にあるエストロゲン分泌に関わる支配中枢の機能が乱れる余波を受けて、同じ視床下部に支配中枢をもつ自律神経にも乱れが生じて、発汗、のぼせ、冷え、耳鳴り、めまい、立ちくらみ、動悸といった、いわゆる自律神経の失調症状が出現するのである。
つまり、更年期に出現する多彩な不快症状は、エストロゲンの低下だけではなく、脳内ホルモンのバランスの乱れや、自律神経の失調など、様々な要因が重なり合っておきているのである。
しかしながら心配は無用だ。人間の体は順応性に富んでいて、健康を維持するために体内環境を一定に保とうとする働きがある。これをホメオスタシス(恒常性の維持)という。閉経後、数年経って、体がバランスを欠いた状態に慣れてくれば、更年期特有の不快な症状は次第におさまってくる。
ご安心あれ。出口のないトンネルはないのである。