2014年12月4日、日経BP社が主催する第1回次世代パーソナル・ゲノム・サービス(PGS)フォーラムのシンポジウムが東京で開催された。そこにはDTC(消費者向け)遺伝学的検査サービスを提供するDeNA、エバージーン、ヤフーの各社が参加・講演。生命情報システムや生命倫理のエキスパート、厚生労働省や経済産業省の担当者が加わったパネルディスカッションでは、DTC遺伝学的検査サービスの課題や展望などについて議論が交わされている。
日経BP社によれば、次世代パーソナル・ゲノム・サービス(PGS)と銘打ったのは、医療上の遺伝子検査とDTC遺伝子検査を明確に区別し、利用者に誤解を与えないことを意図したからだという。
いいかえれば、DTC遺伝子検査の主なバックグラウンドになっているのは、エビデンスが明確に確立されていない基礎的な学術論文やアルゴリズムであり、検査結果が利用者の健康予測に役立つという保証は何もない。したがって、このシンポジウムでは、DTC遺伝子検査サービスは解析の正確性やエビデンスの質をさらに高めつつ、次世代パーソナル・ゲノム・サービスに進化すべきだと提言するとともに、その社会的なコンセンサスの形成を求めたといえるだろう。
では、DeNA、エバージーン、ヤフーなどのDTC遺伝子検査サービスは何を検査し、どのような検査結果を消費者に伝えようとしているのだろうか?
たとえば、DeNAのサービスである「MYCODE」のWebサイトは「あなたの遺伝子タイプに基づく、疾患発症リスク、体質の特徴」の検査と明記し、ヤフーのサービスである「Health Data LAB」のWebサイトは「健康リスクがわかる! 体質がわかる!」検査と記載している。
アンジェリーナ・ジョリーが卵巣と卵管の摘出手術を受けていたことで再び遺伝子検査が注目されているが、こうした報道で必要以上の遺伝子情報依存も心配だ。
検査結果は、診断ではなく、確率の情報にすぎない
一方、シンポジウムのパネルディスカッションに参加した東京大学医科学研究所公共政策研究分野の武藤香織教授は、「遺伝子検査を買おうかどうか迷っている方へのチェックリスト」10のポイントを公表し、サービスを安易に利用したり、検査結果を軽率に判断しないように注意を促している。
「DTC遺伝子検査は診断ではありません。現在、あなたが直接購入できるDTC遺伝子検査は、現在の体調に関する医師の診断とは全く違います。あくまでも将来に関する確率の情報であって、あなた自身がその病気に将来かかるか、かからないかは、わかりません」と診断ではないと断定する。
続けて、「会社によって答えはバラバラです。あなたの遺伝情報の並び順は一生変わりません。しかし、その遺伝情報と、病気や体質との関わりを示す確率の計算式は、DTC遺伝子検査を販売している企業によって大きく異なり、その計算式は企業秘密となっています。もし複数の会社のDTC遺伝子検査を買ったら、異なる確率の結果が返ってくるでしょう。研究が進めば、確率は変わります。現在、販売されているDTC遺伝子検査は、まだまだ研究途上のものも含まれています。研究が進めば進むほど、病気や体質との関わりを示す確率や解釈は、大きく変わっていきます。そのつもりでお付き合いを」と警鐘を鳴らす。
また、検査結果については、「予想外の気持ちになるかもしれません。検査結果を読んで、精神的なショックを受けたり、誤解したりしてしまう可能性があります。申し込む前に思っていたのとは違う、予想外の気持ちや感情がわいてくることもあります。知らないでいる権利の存在を知りましょう。遺伝医療の世界では、DTC遺伝子検査の結果を知らないでいる権利という考え方を大切にしてきました。仮に購入した後であっても、あなたには、届いた情報を開封しない自由があります。知った後は、知らなかった状態には戻れません。でも、まあ、見なかったことにして、棄ててしまうのも自由です!」と提案する。
そして、「自分で知ろうと決めたなら、医師に頼るのはやめましょう。検査結果を読んでも、よくわからなかったときに、安易に医師に頼ろうと思わないでください。あなたが購入した商品(検査)の提携先医療機関以外の、一般の診療所や病院は、この商品のアフターサービスを求める場所ではありません。もし家族も同じ病気だったなど、遺伝に関して心配な場合には、遺伝の専門外来をあらためて予約するのも手です」と薦める。
武藤香織教授は個人情報の機密性やプライバシーについても触れ、「血縁者と共有している情報を大切に扱いましょう。あなたの遺伝情報はあなたのものでもあるけれども、あなたと生物学的につながりのある人たちとも共有している大切な情報です。だから、DTC遺伝子検査は、血縁者(あなたが思っている人とは違う人かもしれません)にも影響を与える結果を示します。結果をSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)に晒したりするのは、絶対にやめましょう!」と強く釘を刺す。
さらに、「強制検査・無断検査はダメ、プレゼントにも不向きです。気になるからといって、家族、交際相手、友達、上司・部下など、あなた以外の人のDNA(を含む身体物質)を無断で入手したり、他の人にDTC遺伝子検査を受けるよう強制したりしてはいけません。結果を見せるように要求するのもNGです。本人が望んでいるかわからないのに、サプライズとしてプレゼントしないほうがよいでしょう」とアドバイスする。
検査情報の活用の同意と権利については、「あなたのDNAやゲノムのデータの行方に関心を持ちましょう。検査終了後、あなたのゲノムのデータやアンケートへの回答内容をデータベースに格納し、学術研究や次のビジネスに活用する事業者もあり、そのことはあなたに説明されているはずです。事業者によっては、データベースの活用法に意見を述べる機会が与えられ、顧客参加型研究に一役買うことができるかもしれません。でも、同意していても、あなたには、自分のデータを使ってほしくないと伝える権利もあります」と説明する。
遺伝情報の保護については、「子どもには大人になって自分で選べる権利を残しましょう。特に未成年者の遺伝情報は、しっかり保護してあげることが成人の務めです。子ども向けの遺伝子検査や、子どもとの血縁関係を調べる鑑定も、日本では販売されています。しかし、そうした検査や鑑定を受けることが、本当にそのお子さんのためになるのかどうか、単に親の興味や都合が理由ではないのか、よーくよーく考えてください」と重ねて強調する。
このチェックリストは反響を呼んでいるが、他にもDTC遺伝子検査を問題視する声は少なくない。信州大学医学部遺伝医学・予防医学講座の福嶋義光教授も、未成年者を対象にした能力、性格、進路適性に関わるDTC遺伝子検査は、人権保護や差別防止の観点から禁止されるべきだと警告する。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。
連載「遺伝子検査は本当に未来を幸福にするのか?」バックナンバー