連載第5回 遺伝子検査は本当に未来を幸福にするのか?

遺伝子検査ビジネスの「検査の質」と「科学的根拠」を問う!

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DTC遺伝子検査は疾患の診断には結びつかないのは明白shutterstock.com

 世界各国の企業がしのぎを削る「遺伝子検査ビジネス」。前回に引き続き、DTC(消費者向け)遺伝子検査の問題点を洗い出していきたい。

 DTC遺伝子検査の問題点の第1点は、検査の質だ。

 ヒトの遺伝情報は99.9%以上が同じだが、わずか0.1%以下の遺伝子の差によって、眼の色や体型などが違ってくる。これが、個人が持つ特定の遺伝子配列の違い、SNP(スニップ=一塩基多型)である。

 SNPを簡単に言えば、遺伝子配列の中の1カ所だけが他の核酸塩基で置き換わっている現象である。遺伝子の塩基が1つ抜けるだけで、奇形や疾患の異常として現れるが、他の塩基に入れ替わっているだけなら、個人の個性や特徴として現れるにすぎない。

 DTC遺伝子検査は、この個人が持つ特定の遺伝子配列の違いであるSNPと、疾病の発症リスクや体質などの関連性の情報を提供するサービスだ。つまり、利用者と同じSNPを有する集団の平均的な疾病の発症リスクの確率や体質の傾向などを、統計的に分析するだけ。もちろん医療上の確定的な診断ではない。

 特定の遺伝子配列の違いと疾病の発症リスクや体質などの関連性は、仮説もあれば、医学上の定説になりつつある学説まで玉石混淆だ。特に生活習慣病などの多因子疾患は、複数の遺伝要因のほか環境要因が大きく影響するため、ごく一部の遺伝子配列の違いを調べただけで疾病の発症リスクを判定できるわけではない。

 つまり、発症リスクが平均より高かった疾患を将来的に発症する疾患と誤解するリスクがあるだけでなく、発症リスクが必ずしも実際のリスクと合致するとは限らない。いいかえれば、DTC遺伝子検査の検査結果は、日本人の平均発症リスクを1とした時の、その人が属するSNP型集団の発症リスク比にすぎない。したがって、利用者が発病する確定的な発症リスクではないのだ。

科学的根拠と信頼性はあるか?

 DTC遺伝子検査の問題点の第2点は、科学的根拠と信頼性だ。

 DTC遺伝子検査で発症リスクを算出するために使われている学術論文やアルゴリズムは、各社が独自に研究開発したもので、解析を担う機関や検査機器もサービス各社で異なり、解析を他社に委託したり、海外の検査会社に外注したりする会社もある。つまり、各社で選ぶ遺伝子の変異が異なるので、当然ながら結果も異なる。

 特に学術論文は、有識者の査読などを受けた上で学術雑誌に掲載される論文でも、必ずしも論文の内容が正しいとは限らない。論文の意義は、実験などの解析結果を公表して検証の機会を与えることだ。異なった見方を提示する論文や、時には先行研究を覆す論文が発表されることによって、先行研究の検証や再現性の確認を行いながら、科学的な知見が蓄積され、定説が形成されてゆく。

 消費者は、このような事情を知る機会も少ないうえに、医師をはじめとした医療関係者と比べて医学や生物学などになじみが薄いので、遺伝子検査の学術論文があるだけで、遺伝子検査の意義や根拠がすでに確立していると速断・誤解する恐れがある。

 さらには、各社が参照する学術論文が異なるので、判定する基準が異なる。論文の基礎データは、日本人とは違う遺伝的背景をもつ人種を対象にした調査データであることが多く、基本的には患者と健常者の遺伝情報を比べているため、患者の過去から、未来に起こりうる疾患の予測はできない。

 したがって、検査結果は同一人物でも検査会社によって一定ではなく、検査精度を裏づける保証は何もない。つまり、検査結果を客観的・科学的・論理的に評価・判断・解釈するための信頼できるEBM(エビデンス)がなく、検査結果の質を担保するスタンダードな規格や基準もない。しかも、予測のアルゴリズムや情報源は未確定な状態であり、疾患の発症には環境的要因も深く関わるので、予測はあくまで推測の域を出ない。

 以上のさまざまな観点から、DTC遺伝子検査は、検査の質が確保されておらず、科学的根拠も希薄なので、疾患の診断には結びつかないのは明白だ。

 疾患の発症に強い相関を持つと判明している遺伝子は、DTC遺伝子検査の解析対象ではない。つまり、DTC遺伝子検査は、疾患に強く結びつかない関連遺伝子ばかりを解析し、治療の方針に影響を与える領域に踏み込まない。あくまでも、DTC遺伝子検査は、予防の動機づけや生活習慣の改善が目的だ。

 今回は、DTC遺伝子検査は、検査の質が確保されているか?科学的根拠はあるか?の2点を考察した。次回は、情報提供の方法は適切か?を考察しよう。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。
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