連載第7回 心に響く闘病記ガイド

白血病闘病記〜抗がん剤と骨髄移植の治療を続けながら目指した理学療法士

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『生きたい!!僕の履歴書』(池田真一/リーブル出版)
1977年生まれの池田真一さんは、高校入学直後と成人してからの2回、急性リンパ性白血病(ALL)を発症します。白血病は抗がん剤と骨髄移植で乗り越え、理学療法士を目指し、由佳さんという伴侶も得ますが、抗がん剤の副作用で肺線維症を発症。肺移植のドナー(臓器提供者)を待ちながら、病床から携帯小説サイトに投稿を続けたエッセイをまとめたのが本書です。池田さんは3回目の結婚記念日のあと、2008年に31歳で亡くなられました。臓器移植法の整備は進んでも、ドナーが足りない現実を痛感させられます。



『病院を出よう!―ネコの脱出奮闘記』(平美樹/星湖舎/2004年)
1966年生まれの平美樹さんは、高等看護学校に進学した1985年に急性骨髄性白血病(AML)を発症。10年間に3度も再発するものの、その都度、抗がん剤治療で危機を乗り越えてきました。しかし、治療の副作用で心筋症を起こし、補助人工心臓を装着。加えて、脳梗塞の試練に見舞われます。2004年に渡米し、心臓移植に成功。副題の「ネコ」とは、平さんのハンドルネーム(ネコムスメ)で、ネットに綴った文章が闘病記としてまとめられました。



『死の海を泳いで―スーザン・ソンタグ最期の日々』(デイヴィッド・リーフ/岩波書店)
アメリカを代表するリベラル派の知識人で、医療分野でも『隠喩としての病い・エイズとその隠喩』(みすず書房)などの著作で知られるスーザン・ソンタグさんが、2004年に71歳で亡くなられた。その晩年を、一人息子のデイヴィッド・リーフさんが記した渾身のルポルタージュが本書。スーザンさんは骨髄異形成症候群(MDS)から急性骨髄性白血病を併発して亡くなられましたが、1975年に乳がんの手術を受け、1998年には子宮肉腫の手術と抗がん剤治療を受けていました。主治医による細胞遺伝学関連の検査によれば、子宮肉腫のあとの化学療法がMDSを引き起こしたとのこと。MDSに対抗するための手段には骨髄移植がありますが、移植の前処置で致死量を超える大量の抗がん剤と放射線照射を受けるため、55歳以上は移植困難とされています。しかし、スーザンさんは移植に賭けたのですが......。息子のデイヴィッドさんは、「母は、最期まで死ぬつもりはなかったのだ」と記しています。



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星野史雄

星野史雄(ほしのふみお)
東京家政大学非常勤講師。1997年、妻が乳がんで亡くなったことをきっかけに闘病記を集め始め、翌年、闘病記専門古書店「パラメディカ」を開店。自信も2010年に直腸がんが見つかり、手術。大腸がんの闘病記を過去に100冊以上読んでいた知識が、自身の闘病にも役に立っている。共同編著に『がん闘病記読書案内』(三省堂)。自らの闘病体験を記した『闘病記専門書店の店主が、がんになって考えたこと』(産経新聞出版)がある。
連載「心に響く闘病記ガイド」バックナンバー

卵巣凍結・保存にかかる費用は?摘出に約60万円、保管は年間10万円
インタビュー「がんでも妊娠をあきらめない・卵巣凍結」後編・京野廣一医師

がん患者への抗がん剤による化学療法は妊孕性(妊娠のしやすさ)を低下させる。がんにより妊娠が難しくなる患者を支援するため、2016年4月に「医療法人社団レディースクリニック京野」が、治療前に卵巣を凍結して保存しておく「HOPE(日本卵巣組織凍結保存センター)」を設立すると発表した――。医療法人社団レディースクリニック京野理事長の京野廣一医師に卵巣凍結の仕組みについて訊いた。
前編『「がん」になっても妊娠・出産をあきらめたくない女性のための「卵巣凍結」とは?』

2017年4月より、はるひ呼吸器病院(愛知県)病…

堤寛

理学療法士。日本で数年勤務した後、豪・Curti…

三木貴弘

近畿大学理工学部生命科学科ゲノム情報神経学准教授…

西郷和真