連載第4回 心に響く闘病記ガイド

闘病記 肝臓がんでターミナルケア病棟から、自身の病状を読者に報告し続けた新聞記者

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『がん戦記――末期癌になった医師からの「遺言」』(三浦捷一/講談社)

 著者の三浦捷一さんは、中核病院の産婦人科部長として激務に追われていた47歳のとき、過労で倒れます。血液検査でC型肝炎ウイルスのキャリアと判明。それまで、分娩や緊急手術の際に血液を浴びることも多かったことが原因でした。そして、還暦を迎える1999年の年末、ついに肝臓がんを発症。手術で患部を切除しますが、「5年以内に再発する確率は80%」。その再発を予防するための薬が治験中だったため、一般患者は服用できないと知り、三浦さんは「がん患者団体支援機構」を立ち上げます。本書を上梓された2カ月後、66歳で亡くなられましたが、「がん難民」をなくそうという彼の功績は、現在でも活かされています。


『生きる者の記録――佐藤健』(佐藤健+取材班/毎日新聞社)

 佐藤健さんは、かつて取材のため剃髪をして臨済宗の僧侶となって体験取材をしたという、毎日新聞社の名物記者です。定年目前の2001年に肝細胞がんと診断されるものの、肝機能が低下しているために外科手術は無理。「肝動脈塞栓術」による治療を行いますが、翌年にはさらに食道がんが発見されます。佐藤さんは定年を延長し、東大病院のターミナルケア病棟から、自身の病状を読者に報告し続け話題になりました。残念ながら2002年に亡くなられましたが、本書が異色であるのは「がんに効く」として知られる秋田県の湯治場・玉川温泉を訪ね、そのルポに多くのページを割いたりと、ジャーナリストならではの異色の闘病記です。


『俺は死なんぞ!――C型肝炎、肝臓癌からの生還』(安原信人/早稲田出版)

 がんの闘病記は、苦しくつらいものばかりではありません。本書は、ちょっとやんちゃな「不良オヤジ」の闘病記。アクセサリー店を経営する安原信人さんは、2004年1月にステージⅢの肝臓がんと診断されます。戦後のどさくさや父親の認知問題などで「正式な誕生日が不明」という安原さんは、入院中も大好きなタバコを手放さず、患者の手本にはなりそうもない言動を繰り返すのですが、どことなく愛嬌があって微笑ましい。2人の娘たちは、肝がん治療の選択肢として生体肝移植があることをインターネットで調べて知り、こぞって「自分の肝臓の半分を提供したい」とまで言い出し、父親の胸を熱くさせます。患部の摘出手術をした年に再発し、2006年には再々発と、入退院を繰り返していくうちに、医療現場へのボヤキや苦言にも磨きがかかります。検査漬けのストレス、抗がん剤による苦しみ、死の怯えにもへこたれないその姿に、きっと勇気づけられることでしょう。


『いのちと生きる』(重兼芳子/中公文庫)

 1927年生まれの重兼芳子さんは、1947年に結婚し専業主婦となった後、歌人として文学活動をスタート。1979年には小説「やまあいの煙」が芥川賞を受賞し、主婦作家として話題になりました。そんな重兼さんが、突然、肝臓がんと宣告され、その術後の入院中に夫が急死するという悲劇が重なります。老い、病、死についての著作を精力的に執筆されるとともに、ホスピスの設立に尽力された重兼さんの記念碑のような価値のある闘病記です。




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星野史雄

星野史雄(ほしのふみお)
東京家政大学非常勤講師。1997年、妻が乳がんで亡くなったことをきっかけに闘病記を集め始め、翌年、闘病記専門古書店「パラメディカ」を開店。自信も2010年に直腸がんが見つかり、手術。大腸がんの闘病記を過去に100冊以上読んでいた知識が、自身の闘病にも役に立っている。共同編著に『がん闘病記読書案内』(三省堂)。自らの闘病体験を記した『闘病記専門書店の店主が、がんになって考えたこと』(産経新聞出版)がある。
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