270万ドル超の費用対効果は見合うのか?
現状、米国のHIV感染者のうち「ウイルス量の抑制を達成できているのは全体の55%にすぎない」という。
この研究を実施した、米コロンビア大学教授のWafaa El-Sadr氏は「今回の研究で認められたウイルス量の抑制効果はわずかだが、有望な結果であり、今後の研究を後押しするものだ」としている。
ただ、こうした金銭的報酬の導入による費用対効果を疑問視する声もある。今回の研究では70ドルのギフトカードが3万9359回分も提供されており、何と270万ドルを超える費用がかけられているからだ。
HIV治療の専門家で米ノースウェル・ヘルスのDavid Rosenthal氏は「一部の感染者に利益はあったが、そのために多額の費用をかけるのは、ウイルス量抑制を達成するための投資として最適ではないのではないか」と見解を示す。
そのうえでモバイルアプリの利用や臨床スタッフによる集中的な服薬フォローアップを提案。「研究では金銭的報酬が有効であることは示されたが、一律に適用すべきではないだろう」としている。
ちなみに、HIVの治療費は月に15〜20万円かかるといわれている。
日本ではHIVの治療費は保険適用だ。さらに感染者は「身体障害者手帳」を申請できるため、そこからの支援を含めると「毎月1〜2万円の自己負担」で済むことが多い。そのため、とりわけ医療保険制度が手厚いわが国では、コロンビア大学が試みた特定の患者への金銭的報酬は、おそらく支持されることはないだろう。
受診と治療継続を促す方策はないか?
しかし、最近は日本でも「HIVに感染しているかもしれない人」に対するフォローアップが急がれる事態が持ち上がっている。
先月(2017年6月)、民間会社が実施するHIVの「郵送検査」を2015年と2016年に受けて「陽性」と判定された「248人」のうち、検査会社が確定診断のため医療機関を紹介できたのは「78件」だけ。
さらに医療機関の受診を確認できたのは、わずか「6人」と、2%にとどまることが厚生労働省研究班の調査でわかったのだ。
HIVの郵送検査は、人と顔を合わせずに済むという気軽さから、昨年(2017年)は9万件を突破。保健所などの公的検査の11万8000件に迫る勢いとなっている。ちなみに、公的検査でHIV陽性がわかり、その後医療機関への受診を把握できた率は67~75%だ(2008〜2012年 国立感染症研究所調べ)。
ただ、2%はあくまでHIV郵送検査を実施する企業が「受診を把握できた数」。実際には「陽性」と判定されても企業に問い合わせず、自分で医療機関を探して受診した人もいるかもしれない。また、無料の保健所に行かず、わざわざ自腹でHIV検査を購入した人が、陽性判定を放置するとも考えにくい。
研究班は「郵送検査は公的検査をためらう人の受け皿になり得る。信頼できる検査体制の整備が必要だ」とし、陽性者の受診確認方法の充実や定期的な精度管理などを検査会社に提言したという。
HIV感染症は死の病ではなくなった一方、未だに残る偏見や薬を一生飲み続けなければいけないストレス、副作用とも闘わねばならない。治療の開始や継続に困難が伴うのは事実だ。
しかし、放置すれば他の人にウイルスを感染させる危険があり、ひとたびエイズを発症すれば病状は重篤なものとなる。
多くのHIV感染者が正しい治療を続け、ウイルスを抑制して普通の人と何ら変わらない生活を送れるように、各国独自のフォローアップとサポート体制の充実が望まれるところだ。
(文=編集部)