シリーズ「病名だけが知っている脳科学の謎と不思議」第23回

小児慢性特定疾病の「ハンター症候群」とは? 新生児の約7700人に1人が発症!

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血液脳関門を突破できる治療酵素をついに発見か?

 現在、日本では糖脂質代謝異常症(リピドーシスI型)、ハンター症候群であるムコ多糖代謝異常症(MPS II型)、酸性リパーゼ欠損症VI型の治療酵素が承認されている。

 ただし、治療酵素は血液脳関門(Blood-Brain Barrier:BBB)を通過できないため、発育障害、精神発達の遅滞、中枢神経変性などに対する有効性はなかった。

 血液と脳脊髄液(脊髄を含む中枢神経系の組織液)との間の物質交換を制限する仕組み、それが血液脳関門だ。脳の働きに大切な神経細胞を大きな分子やウイルスなどの有害物質から守るバリアなので、アミノ酸、糖、カフェイン、ニコチン、アルコール、インスリンなどの脳にとって必要な物質だけが通過できる。

 つまり、脳以外の組織では、毛細血管の内壁を構成する内皮細胞の間をぬって物質が運ばれるが、脳内の毛細血管は、内皮細胞の緻密性が高く、隙間が狭い。しかも毛細血管の外側をグリア細胞などが取り囲んでいるため、物質が通りにくい。だが、分泌するホルモンを全身に運ぶ必要があることから、脳室周囲器官(松果体、脳下垂体、延髄の最後野)に血液脳関門はない。

 脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給しつつ、脳内で産生された不要物質を血中に排出する動的インターフェース、それが血液脳関門のメカニズムなのだ。

 1955年、ハンター症候群の臨床に生涯を捧げたハンターは、享年82で逝去した。この筋金入の博識と行動力に長けた科学者でも解きほぐせなかった大難問、それが血液脳関門の機序だった。だが、この最難関を突破できる可能性が生まれてきた。

 治療酵素を点滴で投与し、血液脳関門を通過させ、脳の神経細胞に届ける独自技術を開発した製薬会社JCRファーマ(兵庫県芦屋市)は、ハンター症候群の知的障害を改善する治療酵素JR-141の治験を今年3月末にスタートすると発表した(毎日新聞2017年 3月19日)。

 JCRによると、この技術は機能タンパク質の絶対定量法(QTAP)と呼ばれ、ヒト、サル、マウスの血液脳関門における受容体の質的・量的な機序を解明した。その結果、脳の内皮細胞の表面にある受容体を介すれば、通常の20~100倍の高効率で目的とする物質が血液脳関門を通過できる。

 治験が進み実用化されれば、近い将来、ハンター症候群だけでなく、アルツハイマー病などの脳神経疾患の治療薬への道が大きく拓かれるかもしれない。

 天才的な閃きに恵まれたチャールズ・A・ハンター。その偉大な医療遺産の轍がまたひと刻まれようとしている。多くの子どもたちの未来に幸運をもたらすにちがいない。
(文=佐藤博)


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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