生後すぐに老化が始まる「コケイン症候群」とは?(写真はイメージです)(shutterstock.com)
80歳の高齢で生を受け、成長と共に若返る男の一生を描いた映画がある。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年/デヴィッド・フィンチャー監督)だ。生誕から80年の歳月が流れる。赤ん坊となったベンジャミン(ブラッド・ピット)は、老女となった妻デイジー(ケイト・ブランシェット)のか細い腕に抱かれながら永眠する。
映画はフィクションだが、ベンジャミンが辿った生涯と真逆ともいえるプロセスを辿る数奇な難病がある。それが今回とりあげる「コケイン症候群」だ。
ベンジャミン・バトンは実年齢80歳の老人の状態で生まれたが、コケイン症候群の赤ちゃんは、赤ちゃんなのに、まるで80歳の老人のような容貌で生まれる。どのような疾患だろう?
発見者は英国のエドワード・アルフレッド・コケイン
細胞は、様々な原因で発生するDNA分子の損傷を修復するDNA修復プロセスの働きをもっている。DNA分子の損傷は、細胞の持つ遺伝情報の変化や損失をもたらし、コード化されている遺伝情報の読み取りに重大な影響を与えるため、DNA修復は細胞が生存しつづけるために欠かせないメカニズムだ。
このようなDNA修復の異常によって生じる常染色体劣性遺伝病、それがコケイン症候群だ。正確に定義すれば、紫外線性DNA損傷の修復システム、特に転写領域のDNA損傷の優先的な修復が働かないために発症する早老様形質を伴う稀な光線過敏症とされる。「ウェーバー・コケイン症候群」または「ニール・ディングウォール症候群」とも総称する。
発見者は小児科医のエドワード・アルフレッド・コケイン。1880年にイギリスで生まれ、苦学してロンドン大学医学部を卒業後、ロンドン市内で開業、多くの母子の健康増進に貢献して来た。
だが、1936年1月、56歳の時に生後間もない男児を診断して、腰を抜かしそうになる。「この児は、赤ちゃんなのか?」。小さな頭、前に突出した顎、老人のような顔だち、落ち窪んだ目、嘴のような鼻……。どこから見ても老人にしか見えない。世界で初めて早発老化した乳児との出会いだった。
イギリス小児学会に論文『視神経の萎縮と難聴を伴い発育が著明に低下した症例』を発表するや、学会は騒然となる。1946年には、数少ない稀症例ながらも、コケイン症候群と命名された。