診断書に虚偽の記載をすることは犯罪
診断書や死亡診断書などに、虚偽や改竄、隠匿があった場合、医師や医療機関は責任を問われます。問われる責任は、刑事責任、民事責任、行政処分があります。今回はその中で、刑事責任について考えてみます。
刑法では160条と161条で、虚偽診断書作成・同行使罪が規定されています。これは、医師が公務所へ提出すべき診断書、検案書または死亡診断書に虚偽の記職をしたときに成立します。
公務所とは、公務員が職務を行う場所をさしますので、民間会社(保険会社や民間の勤務先)に提出する診断書に虚偽の記載があっても、本罪は成立しないと考えられています。
前述の中川議員の自殺の例ですが、死亡診断書は、戸籍を抹消する際に市町村(公務所)へ提出される書類です。したがって、虚偽診断書作成・同行使に該当します。
後半の例は、民間の保険会社に提出する書類に虚偽の記載をし、結果的に金を得ています。これは、「人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する」(刑法246条)に該当するので、詐欺罪が適用されます。
診療報酬の不正請求
これらのケースは、残念ながらしばしば見られます。診療期間を偽るだけでなく、自ら診察していないにもかかわらず、病名を付けて診断書を発行することも罪になります。
これは医師法20条の「自ら診察しないで治療し、診断書、処方箋を交付してはならない」に抵触します。公務所に提出する診断書では前記の虚偽記載が成立しますが、医師法20条は「公務所」に限らないので、民間会社へ提出する診断書についても責任を問われます。
このほかにも、よく報道で耳にするのは診療報酬の不正請求です。これは診察していないにもかかわらず、診療したように見せかけて診療報酬の保険請求を行うことです。
診療してないので患者から診療費は取れませんが、保険負担分を支払い基金に請求するのです。もちろん、前記の詐欺罪に相当します。
「転倒・転落」ではなく「病死及び自然死」に偽装
平成19(2007)年に、九州のある老人福祉施設で、高齢の女性が入浴介助を受けている際に、ストレッチャーから転落する事故がありました。直ちに搬送された病院で、頭部打撲による脳挫傷と診断され、死亡が確認されました。
もちろん、これは外因死ですから変死に相当します。通常であれば、変死の届出、現場の捜査、検視、死体検案などの手続が取られます。
しかし、搬送された病院は、事故が起きた施設の関連病院であったようで、診断した医師は副院長の指示を仰いだ上で死亡診断書を作成。死因欄には脳挫傷と記入しながら、死因の種類の欄は「転倒・転落」ではなく、「病死及び自然死」に印を付けていました。
この医師の行為は、死亡診断書に病死と見せかけるような虚偽記載をした上、警察にも届け出なかったとして、警察は同病院の副院長と担当医師を虚偽診断書等作成と医師法(届出義務)違反容疑で書類送検しました。
事故が起きた施設の理事長は、搬送された病院の副院長が兼務。これらの事情も考慮し警察は、関連病院で患者を診断することで事故を隠そうとした疑いがあると判断しました。
この例では、公務所に提出する死亡診断書(本来は死体検案書であるべきですが)に虚偽の記載(転倒・転落死→病死)をしたことで虚偽診断書作成が成立します。
そして、異状死(変死)を届け出なかったことが医師法違反に該当します(異状死を認知した医師は24時間以内に所轄警察署へ届け出る。医師法21条)。
仮に意図的な隠蔽がなかったとしても、診断書を正しく記載していなかったことは事実。異状死の屈出を「忘れた」では許されません。診断書などの文書や手続であっても、法を遵守することは当然のことです。
過去の判例を調べてみると、手術中に患者が死亡した際、診療録を偽造・改竄・隠匿したなど、証拠隠滅罪に該当した例もありました。同業者として残念な限りです。
一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授、京都府立医科大学客員教授、東京都市大学客員教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会指導医・認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(副会長)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)、日本バイオレオロジー学会(理事)、日本医学英語教育学会(副理事長)など。