診察を拒否する患者に「本日はとりあえず連れて帰ります」と妻が……
そこへ、患者の奥さんが警察からの連絡を受けて駆けつけてきた。ERドクターが来院してからの患者の状況を奥さんに説明した。奥さんは「酒に酔うといつもこうなのです」と頭を下げながら恐縮している。そして奥さんが患者(夫)に説得を始めた。
「お父さん、頭を打ってるんだから検査を受けてよ。先生も検査をせんといかんと言ってるでしょ」
「俺は頭なんか打っていない。俺は大丈夫、あの姉ちゃんの言うことなんか聞く必要なし」
患者は全く聞く耳を持たない。ふたりの会話は全くの平行線である。患者は帰るつもりでERを出て行こうとしている。ERドクターもERナースも引き止めて検査を受けさせようとしたが、すればするほど患者の抵抗はひどくなった。どうしようもなくなった奥さんが、ERドクターに話しかけた。
「先生、すいません。こうなったらあの人は言うことを聞かないんですよ。皆さんにご迷惑をおかけしますので、本日はとりあえず連れて帰ります」
「そうですか、しかし、困りましたね。頭を打っているのに何の検査もしてないんですよ。もし、何かあったら大変ですしねぇ」
「いいですよ。何かあったら連れてきますから」
「わかりました。それでは頭部打撲の注意事項を書いた紙を渡しますので、何かあったら至急に連れてきてください」
ERドクターもどうしたらいいのかわからないまま、成り行きでこのようになってしまった。はたしてこの対応で良かったのか?
急性アルコール中毒のみと診断して帰宅させ、翌日に外傷性頭蓋内出血
急性アルコール中毒の患者が、歩行中や自転車で走行中に転倒して頭部を打撲することは珍しくない。急性アルコール中毒患者の最も懸念される問題点は、それに付随する、頭部打撲、頭蓋骨骨折や外傷性頭蓋内出血(脳挫傷、急性硬膜下血腫、急性硬膜外血腫など)である。発見が遅れて外傷性頭蓋内出血で死亡する患者もいる。
ERでは、急性アルコール中毒の患者で頭部外傷がある、またはそれが疑われる場合には、必ず頭の検査(頭部単純レントゲン、頭部CT)を行わなければならない。単に急性アルコール中毒のみと診断して帰宅させ、翌日に意識レベルが低下して救急搬送され、外傷性頭蓋内出血であったということは珍しくないからだ。
しかし今回は、頭の検査を行わなければならなかったにもかかわらず、このような状況で頭の検査を行わずに帰宅させることになってしまった。今後、何もなければ良いが、何かがあれば大変である……。