「かかりつけ歯科医」として訪問診療に貢献せよ!という誘導
船井総合研究所 歯科医院経営コンサルティングチームの松谷直樹氏によれば、厚労省が発表した『2016年診療報酬改定におけるかかりつけ歯科医の位置づけ』を根拠に、歯科医院が取るべき医療戦略をアドバイスしている。
松谷氏は、厚労省が地域包括ケアシステムを推進するために欠かせない「かかりつけ歯科医」の役割の重要性を評価している点と、診療報酬加算の見直しに取り組んでいる点に注目している。
地域包括ケアシステムとは、高齢者が医師、歯科医師、歯科衛生士の往診・指導、看護師や薬剤師の訪問看護・介護支援を受けることによって、人間の尊厳とQOL(生活の質)を保ちつつ、住み慣れた地域で自分らしい生活を続けられるように、団塊の世代が75歳以上になる2025年をメドに厚労省が進めている包括的な支援・サービス体制だ。この地域包括ケアシステムの中で、歯科医院は地域完結型医療を推進する「かかりつけ歯科医」の役割を担っている。
つまり、歯科医院が高齢者の居宅を訪問し、初期う蝕や歯周病への定期的・継続的な口腔管理を徹底すれば、口腔疾患の重症化や口腔機能の低下による摂食機能障害や嚥下障害が予防でき、歯の喪失リスクも下げられる。その帰結として、適正かつ持続可能かつ効率的で、しかもクオリティの高い歯科医療につながるのだ。
このような歯科医師の訪問診療は、患者の全身状態、同居家族の診療形態、訪問頻度、診療時間、処置、摂食嚥下指導、栄養サポートなどの診療条件に応じて、「かかりつけ歯科医」としての訪問診療料が診療報酬に加算される。
日本訪問歯科協会のホームページでは、訪問診療の採算性について次のように説明する。
「外来と訪問では同じ治療をおこなった場合、外来に比べ訪問の方が概ね3倍高くなります。最も多い義歯不適合による修理のシミュレーションでは4倍近くも高くなります」
確かに地域包括ケアシステムの推進は、メンテナンスや予防歯科に努めている歯科医院には願ってもない追風になる。訪問診療をしない歯科医院はサバイバルがますます困難になるのは明らかだ。
だが、介護保険導入時に厚労省は散々甘い言葉を吐き、企業や個人を大量に介護の分野に誘導した。しかしその後、介護報酬は期待とは裏腹に引き上げられることは無くマイナス改訂さえ行なわれている。
高齢化を背景に地元の「かかりつけ歯科医」として訪問診療に貢献する。謳い文句は実に美しいが、国民が、患者が求める歯科医療の理想形についての議論がないがしろにされたまま、経済原則と思いつきで歯科医療がさらに隘路に追い込まれていないか?
介護保険事業と同じように、歯科医療も生かさず殺さずぎりぎりのところで生存を強いられるサービスにならないのか。いうまでもなく、患者の姿はそこにはないのである。
(文=編集部)