医療現場では、この制度の運用体制づくりに追われています。たとえば、調査委員会では、すべての医療機関に屈出が義務付けられている上に、院内調査委貝会を立ち上げなければなりません。ところが、個人病院などは人員が足りず調査を行う時間的余裕もありません。
したがって、各都道府県では支援団体といって、これらの制度を円滑に進めることを支援する団体が決められます。これらの支援団体は、いざ地元の医療機関で事故が発生した際に「相談窓口を用意する」「コーディネーターを派遣する」などに追われているのです。
次に財政問題です。このような調査を各医療機関が行うわけですが、そのための財政的支援がないのです。したがって、医療機関では赤字が見込まれます。
さらに、この制度に基づいて、第三者機関に事故の発生を届け出たからといって、警察への届出を免除されるわけではありません。もちろん、家族からの告訴などがあれば、司法当局は捜査を行うことになります。
本来ならば、医療事故に対して公正・中立な第三者機関が調査するシステムが確立し、再発防止や必要に応じた指導を行うはずでした。しかし、医療法と医師法第21条が併存した状態で、新しい制度がスタートしたのです。
一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。