認知症の初期症状は、本人はもちろん、同居家族らもその発症に気づくことが難しい。独居老人にいたっては、気づく人すら周囲にいないために、知らぬ間に症状を進行させてしまう。倉橋氏は次のように説明する。
「認知症の方は、普通に会話もできてしまいますし、もちろん本人も自覚がない。一見、どこにでもいる普通のおじいちゃん、おばあちゃんばかり。徘徊をしたり、物忘れのひどい、典型的な認知症の症状を持った老人というのは、すでに後期認知症の状態。中等度くらいにならないと、普通は見分けられないんです」
では、認知症の初期段階を見分けるにはどうしたらいいか? そのために開発されたのが、この「客観式認知症疑いチェックアプリ」だ。髙瀬氏は「かなり感度の高いレベルで、認知症の初期症状を持った老人を拾いだせる」と完成度に自信を見せる。
従来の認知症チェックシートとの違い
このアプリと従来の認知症チェックシートやアンケートとの決定的な違いは、検査結果の“感度”の高さにあるという。チェックは本人ではなく第3者が行い、検査後は医療機関や地域包括支援センターの窓口を紹介できる仕組みも備わっている。倉橋氏は「認知症のチェックだけでは価値がない」と言いきる。
「ただ検査をするだけでは、何にも役に立たない。陰性だと言われたら、すぐに病院に行っていただかないと意味がないんです。世の中に有象無象とある認知症ツールというのは、高齢者の不安をあおるだけ。地域の機関と連動しない測定は、そもそもしちゃいけないと思います」
実際にアプリを起動し、操作をしてみると、内容はとてもシンプルだ。まずは事前に、チェック対象となる高齢者の情報を入力する。名前と性別、そして調べる人間との間柄、郵便番号、生年月日、要介護度。名前は本名でなく偽名でもいいという。たとえ本名がわからなくても、自治体は上記の情報がわかれば、それがどこの誰であるか、90%以上の確率でわかるからだ。それが終わると、チェックをする側である自分、つまり家族、もしくは第3者の情報も同様に入力する。
入力を終え、チェックがはじまると、7つのシチュエーションに分けた4つの質問に答えていく。質問内容もとてもシンプルだ。普段の日常生活の中の動作などを確かめるように尋ねていく。チェックをすべて終え、診断結果が出ると、「結果を自治体の方に広域提供してよろしいですか」と確認される。「これがこのアプリの目的なんです」と倉橋氏は言う。
「この機能について『個人情報を提供している』と皆さん言われるのですが、そういうことではなくて、これは広域通報なんです。警察に通報するのも包括支援センターに相談するのも、基本は全部、通報です。本人の許諾をとる必要はない。陽性だと出ると、『医療機関を調べる』の項目に進んで、アプリと提携している医療機関に連絡すると、ちゃんと診療してもらえる。また、地域包括に情報を伝えることで、認知症の患者がどの地域にいるか、自治体がきちんと動態把握できる仕組みなんです」
アプリ配信は8月から始まり、週に1000ダウンロード、累計で7800ダウンロードを記録。世間の高い関心を集めている。しかし、「週1000ダウンロードというのは、毎週1000人の見守り者が増えているということ。数字的にはまだまだ足りない。このアプリを通じてもっとたくさんの見守り者を僕らは増やしていきたいんです」と髙瀬氏。今後は、大田区だけでなく他の自治体にもアプリの導入を促し、まずは東京23区を中心に大田区と同様のアプリによる医療・介護の連携を広めていきたいと話す。
(取材・文=名鹿祥史)