水際作戦よりも、いかに感染を最小限に食い止めるかが大事
shutterstock.comMERS(中東呼吸器症候群)が韓国の医療機関で広がり、終息の兆しが見えない。1人の中東渡航者に端を発したMERSの感染患者は170人を越えた。
台湾が韓国への渡航制限を打ち出し、日本も韓国への渡航を縮小。日本とのソウル便を運航する韓国の航空各社は、8月上旬までの間に運航する予定だった合わせて196便の運休を決めた(6月23日)。中国などの近隣諸国も騒然としてきた。パンデミック(世界的流行)への懸念とともに、MERSがもたらす経済的なインパクトは、日に日に各国に深刻な波紋を投げかけている。
感染を封じ込められるか? 感染拡大をストップできるか?
封じ込めの常套手段は、渡航制限、国境閉鎖、検疫などの水際作戦だ。だが水際作戦は、MERSを国内に入れない、日本だけはMERSから逃れる、というネガティブな危機管理戦略にも思える。MERSが日本に入るか否かの確率は、さまざまな要因が絡む。ヒトの口や鼻からウイルスが入って伝染する、MERSのような呼吸器感染症に戸は立てられない。
たとえば、14世紀から15世にかけて猛威を振るったペスト。ヨーロッパ諸国は、流行地から来た船舶を外洋に40日間も停泊させた。さらには、20世紀初頭、夥しい人命を奪った呼吸器感染症のスペイン風邪。輸送機関の停止、国境閉鎖、集会の禁止はすべて徒労に帰した。そして、2009年に流行った新型インフルエンザ。省庁、国立病院の医師などを総動員した大掛かりな検疫網を敷いたが、国内初の感染者はカナダの交流事業から帰国した3人の高校生だった。
感染症は、2日~2週間程度の潜伏期間という無症状期がある。だが、無症状期でも感染の手を抜かないのが感染症だ。どんなに国境や空港や港湾でシャットアウトしても、難なくすり抜ける。水際作戦が完全に封じ込めた感染症は、この世に存在しない。WHO(世界保健機関)は、各国に渡航制限を要請していない。水際作戦には限界があり、海外封鎖は人の流れを止め、貿易や流通などの経済活動を冷やす、致命的なブレーキになるからだ。
国内に入ってきた場合、いかに感染を最小限に食い止め、早急に蔓延を収束させるか。そこに軸足を据えたアクティブな危機管理戦略が必要だ。
院内感染予防のグローバルなコンセンサスを急げ
では、どうするのか? 日本の感染症に関わる法律は「検疫法」と「感染症法」だ。検疫法は「検疫を強化するため」の法的枠組み、感染症法は「国内発生後」の法的枠組みになる。そして、感染症が国内に入るまでは、国家公務員の検疫官(厚労省職員)の管轄となる。そして国内に入れば、法的枠組みは検疫法から感染症法に移るので、実際に動くのは地方公務員や医療機関。国は通知文書で地方自治体を指導する役に回る。
それの何が問題か? 国は自らが活動する水際対策に力を注ぐあまり、国内の対応が疎かになりがちだ。国内で発生した場合は、地方自治体や患者を収容した医療機関が治療や責任の受け皿になり、国の関与は遠のく。
MERSコロナウイルスは、感染症法で第2類感染症になる。全国に17万以上の医療機関があるが、感染症指定医療機関はごく一部。MERSの感染者は、特定、第一種、第二種の3つの感染症指定医療機関に入院することになる。第一種は、ウイルスに汚染された空気を外に出さない空調設備の陰圧設備がある。第二種は、陰圧設備を必ずしも備えていない。第二種の総ベッド数は335医療機関に1716床、そのうち陰圧設備を備えているのは529床にすぎない。
MERSコロナウイルスは第2類感染症なので第二種に入院できる。ところが、MERSの感染者が陰圧設備のない第二種に入院すれば、ウイルスに汚染された空気が院内を循環し、感染を拡散する確率もリスクも、第一種よりも高まるのは明らかだ。
第二種には感染症患者だけなく、高齢者、糖尿病、慢性肺疾患、がんなどの免疫力が低下した患者も入院している。したがって、MERSの感染者を陰圧設備のない第二種に受け入れることは、法律上は問題ないが、医療管理上は絶対避けなければならない。このような院内感染を防ぐ根本的な手立てが喫緊の課題だ。
韓国のMERS感染者は、MERSに罹っていると申告して受診したわけではない。医療機関は、風邪やインフルエンザに似た症状を訴えるMERS感染者が来るかもしれないという警戒心や危機意識を強く持ってほしい。感染症患者と一般患者の分離、感染症患者への見舞い制限、医療スタッフによる拡散防止も進めてほしい。さらには、国、地方自治体、医療関連学会は、医療機関への徹底的な啓発活動に努めてほしい。
もちろん、咳やくしゃみなどの症状がある人は、口や鼻にマスクをして、しぶきを飛ばさない。手洗いとうがいを徹底し、ウイルスを体内に取り込まない。これらのアクションが、MERSの院内感染を予防する最善策だろう。水際作戦のブレーキを踏むよりも、院内感染のアクセルを踏むのだ。罹らない、うつさない、広げない。院内感染の予防という国際的・社会的なコンセンサスができれば、MERS感染を克服する道筋が少しは見えて来るかもしれない。
(文=編集部)