連載第18回 遺伝子検査は本当に未来を幸福にするのか?

健康なのに保険契約を解約され会社を解雇に......、急増する遺伝子差別の実態とは?

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DNASABETSU.jpg アメリカでは遺伝子差別が社会問題になりはじめている shutterstock

 今回は、遺伝子差別(Genetic Discrimination)や個人のプライバシー侵害の問題に肉薄しよう。

遺伝子差別やプライバシーの侵害のリスクと罠

 血は水よりも濃い、親思う心にまさる親心という。蛙の子は蛙、鳶が鷹を生むともいう。いつのご時世も、親子の強い絆は色あせないし、親ばかぶりも相変わらずだ。この世に不変の真理があるなら、親子の縁もそうだろう。木の股から産まれる人はいない。父母の遺伝子を授からず産まれる子もありえない。しかし、受け継がれた遺伝子情報は、子どもの未来を明るく照らすこともあれば、将来に発症する病気のリスクを隠しもつこともある。

 DTC(Direct to Consumer=消費者向け)遺伝子検査サービス、ゲノム創薬、遺伝子データベース、ビッグデータ、オーダーメイド医療(個別化医療)、ゲノム資本主義......。ヒトゲノム(ヒトの全遺伝情報)が解明されたポストゲノム時代は、さまざまな悩ましい難問を人類に投げかける。人間の生き方に多難な問題を問いかける。遺伝子差別や個人のプライバシー侵害の問題だ。

 米国と日本、歴史も風土も文化も、考え方も習慣も気質も大きく違う。DTC遺伝子検査サービスやゲノム創薬にチャレンジする23アンド・ミーが、FDA(米国食品医薬品局)と交渉してきたプロセスを見ると、ある事実が浮かび上がる。

 米国政府は、国民が有益な情報を知るチャンスを与える。情報を利用する権利と自由を保障し、法的規制の枠を広げ、緩める。その見返りに、医療のエビデンスがまだ完全に確立されていなくても、治療法や治療薬の効能が未確定であっても、求める情報にアクセスし、活用するリスクは、国民の自己責任と自由裁量に委ねる。それが、アメリカン・ポリシーだ。

 ベネフィットを享受するか、リスクを受け入れるか? エビデンスを求めるか、リーガル(法的)規制を許すか? 自由意志重視か、マーケティング志向か? オーダーメイド医療(個別化医療)の恩恵か、遺伝子差別やプライバシー侵害との闘いか? 時代がパラダイムシフト(枠組みの変化)する時は、常にアレかコレかのトレードオフの選択を迫られるのだ。

保険契約の解約や解雇。遺伝子差別はなぜ起きる?

 マサチューセッツ州ケンブリッジ市にCRG(責任ある遺伝学協会)がある。ハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)などの科学者やジャーナリストが設立した民間団体だ。CRGは、遺伝子差別によって健康保険の解約や失職の憂き目に会った500例もの個人や家族のケースを全米で初公開した。

 発表によると、差別を受けているほとんどの人は、臨床的に健康で遺伝子疾患の症状もない。

 例えば、遺伝性ヘモクロマトーシスと診断された女性は、健康体なのに明確な医学的エビデンスもないまま、健康保険契約を一方的に解除された。体内に鉄が過剰に増加する遺伝性ヘモクロマトーシスは、瀉血(しゃけつ=体内から血液の一部を抜き取る治療)などで合併症を予防できる疾患だ。

 政府の仕事に応募した中年男性は、遺伝子検査によって先天性脂質代謝異常であるゴーシェ病の保因者と判明したために、発症はしていないのに、雇用を拒否された。

 フェニルケトン尿症の治療を受けた後、食事療法によって正常に成長した女性は、職場で高リスク患者と診断されたため、団体健康保険の加入を断られた。フェニルケトン尿症は、出生後すぐに治療しなければ、知能障害や発達障害を起こす先天性の代謝異常症だ。

 昨年、女優のアンジェリーナ・ジョリー氏は、がん抑制遺伝子のBRCA1に病的な変異があるHBOC(遺伝性乳がん・卵巣がん症候群)と診断されたことから、予防的乳腺切除手術を受けた。同じようにがん抑制遺伝子のBRCA2の変異のために、予防的乳腺切除手術を受けた女性が、手術後に解雇されたケースもあった。

 米国には、年齢、人種、性別、出身地、宗教などによる雇用差別を禁止する雇用均等法がある。EEOC(米国雇用機会均等委員会)という監督機関が目を光らせる。雇用差別を受けた人は、EEOCに訴えを起こせる。

 2008年には、GINA(米国遺伝子情報差別禁止法)が成立。雇用者は、遺伝子情報を理由にして、健康保険加入の資格や保険料の決定などの差別をしてはならない。雇用、解雇、仕事の割当、昇進・降格の決定などを差別することも禁止だ。GINAは、遺伝子差別や医療情報の不正使用を防ぎ、国民の働く権利を守る砦となった。EEOCへの遺伝子差別の訴えは、2010年201件、2011年245件、2012年280件、2013年333件と年々増加している。

 ニューヨーク州にある介護リハビリセンター、ファウンダーズパビリオンの例を見よう。同社は、雇用を決定後に、被雇用者の健康診断を行うために家族の病歴を要求した。EEOCが訴えを起こし、和解金37万ドル(約4000万円)を、遺伝子情報を求められた他の138人にも総額11万ドル(約1200万円)をそれぞれ支払った。さらに、身体障がい者であるという理由で従業員2人を解雇し、妊娠を理由に女性3人を雇用拒否または解雇したため、5人に総額26万ドル(約2700万円)を支払う勧告命令をEEOCから受けた。

 このように、GINAは雇用者の遺伝子差別の防止に歯止めをかける効果がある。ただ、GINAは、生命保険、所得補償保険、長期介護保険に適用されない。カリフォルニア、オレゴン、バーモントの3州では適用する法律を可決ずみだが、他の多くの州では法制化が遅れている。

 今回は、米国の遺伝子差別の実態を見た。次回も、遺伝子差別はなぜ起きる?と問いかけながら、遺伝子差別の問題点をさらに洗い出そう。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。
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