23アンド・ミーのテレビコマーシャル画像 shutterstock.com
2013年8月、「事件」は米国カリフォルニア州で起きた。「たった99ドル(約9900円)で、あなたの遺伝子を解析します」。DTC(消費者向け)遺伝子検査ビジネスを手がけるシリコンバレーのベンチャー企業「23アンド・ミー(23andMe)」のCMが全米に流れたのだ。
次世代シーケンサーが市場に出て間もない2006年4月、23アンド・ミーが立ち上がった。同社のCEO(最高経営責任者)で創業者のアン・ウォジツキ氏は、グーグルの共同創業者のひとりセルゲイ・ブリン氏の妻としても知られる実業家だ。当時は、DTC遺伝子検査のベンチャー企業が雨後の筍のように乱立したが、そのブームは5~6年ほど前に頂点に達し、多くの企業は引き潮に呑まれるかのようにたち消えた。
23アンド・ミーがサバイバルできたのはなぜか? 同社は、すべての遺伝情報ではなく、病気や薬品の反応などと関連する一部の遺伝情報だけを解析するシステムを構築し、価格破壊でハードルを一気に下げたからだ。利用の間口を広げ、スケールメリットを徹底的に追求し、コストダウンを進めながら、米国内外で50万人ものユーザーを獲得。2013年中に100万人ユーザーを視野に入れていた。
FDA(米国食品医薬品局)による突然の販売中止命令
23アンド・ミーの遺伝子検査は、どのようなサービスなのか?
まず、自宅で手軽に利用できるので、病院に行く手間はいらない。ホームページから申し込めば、ボックスに入った遺伝子検査キットが送られてくる。唾液を採取し、容器に入れて返送すると、4~6週間後に結果をホームページで閲覧できる。
検査メニューは実に多種多彩。肺がん、アルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病、統合失調症などの病気のリスクから、C型肝炎治療薬、てんかん薬、経口避妊薬などの薬物への反応まで200項目以上に及ぶ。料金は100項目で1万9800円、最大の283項目で2万9800円。対象者は成人のみ。有料カウンセリングもある。
たとえば、検査結果は「前立腺ガンのリスクが29.3%と平均よりも大幅に高い」「脳梗塞などにつながりかねない心臓病である心房細動のリスクが33.9%ある」「ヘモクロマトーシス(鉄蓄積症)という鉄が体内に蓄積されて肝臓や心臓、関節、皮膚などに障害をもたらす病気のリスクを遺伝的に受け継いでいる」などと、データを具体的に明示しているために、説得力もインパクトも強い。
わずか1万円の出費で、利用者は自分の健康リスクを知ったり、生活習慣の改善や病気の予防・治療時に役立てたりできる。
しかし、2013年11月、FDA(米国食品医薬品局)は、「23アンド・ミーが販売する検査キットは、誤った判定によって乳房の予防切除など、不要な手術につながる恐れがある」と警告し、「唾液採取キットおよび個人ゲノムサービス(PGS)」の販売中止命令を出した。いったい何があったのか?
次回は、23アンド・ミーに対するFDAの警告と販売中止の真意をさらに追跡しよう。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。
連載「遺伝子検査は本当に未来を幸福にするのか?」バックナンバー