連載第6回 沸騰するアジア医療圏

医療を産業と位置づける国家プロジェクトによって高度医療が急激に普及するタイ

この記事のキーワード : 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
shutterstock_201804101-2.jpg

急激な経済成長を遂げたタイのバンコク。健康や医療に対する市民の関心度は非常に高い。bluehand / Shutterstock.com

 前回に引き続き、アジアにおける「医療観光」の先進国・タイの医療事情について説明する。

 タイの医療サービスの中核となっている株式会社の病院は、良い言い方をすれば「患者本位」だ。お金を払えば患者の希望を、極力、叶えようと努力をしてくれる。 一方、マイナスの面は、利益が得られない医療を切り捨てる点だ。まさにタイの医療が、そのようになっている。

 タイで最大手のバンコク病院グループや、そのライバル関係にあるバムルンラート病院などは、タイ人の上位3%に当たる富裕層、あるいは日本人の駐在員、さらにはアジア諸国や中東諸国、アメリカの富裕層を対象にしている。そのため、現地の通常のタイ人は、これらの病院で医療を受けることが難しい。ただし、これらの超高級病院に次ぐ医療を提供する株式会社の病院も数多く設立されてきており、超高級病院は受診できないが国立病院のサービスでは満足できないというタイ人患者の受け皿になっている。

急激な経済発展がもたらした医療や健康に対する関心の高さ

 医療をこのような形で扱うことに対して、国民が納得しているかどうかは重要な問題だ。国民皆保険制度が整備されている日本に暮らす人々には違和感があるだろうが、そもそも医療は経済学的には「私的財」と考えられいる。政府が介入して「公共財」のように扱わない限り、医療も需要と供給のバランスがマッチするよう自由市場で決定される。例えば国防の場合、高いお金を払ったからといって自分だけが高級な国防サービスを受けることはできない。そう考えると、医療が「私的財」と言われる理由がよくわかるだろう。

 では、なぜタイの株式会社病院が「沸騰」しているのか? その最大の理由は、国民が健康や医療に対して関心が高いことが挙げられ、背景には急速な経済発展による消費財の普及が起因している。

 日本を含めた先進国の経済発展を振り返ると、現在のように消費財が普及するまでの過程は、そこまで急速ではなかった。まずは、冷蔵庫、洗濯機、掃除機など、続いてカラーテレビ、乗用車、エアコン、電子レンジなど、そして、パソコン、デジタルカメラ、薄型テレビ、そしてスマートフォンと、それぞれの消費財が開発されるごとに普及していった。しかし、タイなどアジア新興国においては、ここ数年で、これらの消費財が一気に普及している。そのため、健康や医療に対する関心が、経済発展の早期から高いのである。その関心度は、今の日本と同じくらいのレベルだ。

 このように健康や医療に関する需要が高まったとしても、それを提供するための高度病院、あるいは高度な技術を持った医者は、一朝一夕で作ることはできない。このような背景から、タイを含めたアジア新興国では、医療を産業と位置づけけて最先端の病院を整備。場合によっては、アメリカやイギリスといった最先端医療を行うことができる国に移住してしまった自国の医師たちを呼び戻すことも含めて、国家政策として医療の産業化ひいては医療観光を起こそうとしている。

 このような国では、最先端医療に対しての感応度も非常に高い。もちろんこれは、すべての最先端医療を日本のような国民皆保険制度で行うということを意味しない。民間医療保険でのカバー、あるいは自費で医療費を支払うことになる。しかし、不平等あるいは格差は起きるものの、タイにおいてここ10年間の医療技術のレベルが急速に向上したことは言うまでもない。


new_mano20141028.jpg

真野俊樹


真野俊樹(まの・としき)
多摩大学大学院教授
医療・介護ソリューション研究所所長

名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士、経済学博士、MBA。
臨床医を経て、95年9月コーネル大学医学部研究員。外資系製薬企業、国内製薬企業のマネジメントに携わる。同時に英国レスター大学大学院でMBA取得。2005年6月多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授就任、その後現職。東京医療保健大学大学院客員教授、財団法人医療機器センター客員研究員、JA共済総研客員研究員、JCI アジアパシフィックエリアアドバイザリーボード、篠原学園保育医療情報専門学校校長、NPOMINS理事長、NPOメディカルユニティ理事長、一般社団法人メディカルクオリティアカデミー理事長などを兼任。

主な著書『MBA10人の選択』(はる書房)、『糖尿病療養指導基本トレーニング』(日本医学出版)、『健康マーケティング』『医療マーケティング』『医療マネジメント』『介護マーケティング』『新版 医療マーケティング』(以上 日本評論社)、『医療バイオ、医療IT入門』(薬事日報社)、『入門医療経済学』『入門医療政策』(中公新書)、『保険薬局経営読本』(薬事日報社:編著)、『医療経済学で読み解く医療のモンダイ』(医学書院)、『人事・管理職のためのメンタルヘルスマネジメント』(ダイヤモンド社)、『グローバル化する医療』(岩波書店)、『ジョイントコミッションインターナショナル認定入門』『世界標準のトヨタ流病院経営』(以上 薬事日報社、監訳)、『経営学の視点から考える患者さんの満足度UP』(南山堂)、『医療が日本の主力商品になる』(ディスカバー携書)、『比較医療政策』(ミネルバ書房)、『命の値段はいくらなのか?』(角川Oneテーマ新書)など。
連載「沸騰するアジア医療圏」バックナンバー

真野俊樹(まの・としき)

多摩大学大学院教授、医療・介護ソリューション研究所所長。医師、医学博士、経済学博士、MBA。名古屋大学医学部卒業。臨床医を経て、95年9月、コーネル大学医学部研究員。外資系製薬企業、国内製薬企業のマネジメントに携わる。同時に英国レスター大学大学院でMBA取得。2005年6月、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授就任。その後、現職。東京医療保健大学大学院客員教授、財団法人医療機器センター客員研究員、JA共済総研客員研究員、JCI アジアパシフィックエリアアドバイザリーボード、篠原学園保育医療情報専門学校校長、NPOMINS理事長、NPOメディカルユニティ理事長、一般社団法人メディカルクオリティアカデミー理事長などを兼任。主な著書『MBA10人の選択』(はる書房)、『糖尿病療養指導基本トレーニング』(日本医学出版)、『健康マーケティング』『医療マーケティング』『医療マネジメント』『介護マーケティング』『新版 医療マーケティング』(以上 日本評論社)、『医療バイオ、医療IT入門』(薬事日報社)、『入門医療経済学』『入門医療政策』(中公新書)、『保険薬局経営読本』(薬事日報社:編著)、『医療経済学で読み解く医療のモンダイ』(医学書院)、『人事・管理職のためのメンタルヘルスマネジメント』(ダイヤモンド社)、『グローバル化する医療』(岩波書店)、『ジョイントコミッションインターナショナル認定入門』『世界標準のトヨタ流病院経営』(以上 薬事日報社、監訳)、『経営学の視点から考える患者さんの満足度UP』(南山堂)、『医療が日本の主力商品になる』(ディスカバー携書)、『比較医療政策』(ミネルバ書房)、『命の値段はいくらなのか?』(角川Oneテーマ新書)など。

真野俊樹の記事一覧

真野俊樹

フリージャーナリスト。1949年、東京都生れ。法…

郡司和夫

理学療法士。日本で理学療法士として勤務した後、豪…

三木貴弘

シカゴ大学医学部内科・外科教授兼個別化医療センタ…

中村祐輔
女性の「薄毛」は20〜30代から進行! 頭部全体の毛髪が薄くなる「びまん性薄毛」の原因は?
インタビュー「女性の薄毛トラブル対策」第1回:北嶋渉医師(銀座HSクリニック院長)

薄毛で悩む女性といえば、つい最近まで中高年だった。ところがここ10年ぐらいの間に20~30代女性も増えているという。原因はストレスや過度のダイエットによるバランスの崩れなど。そのため生活全般の見直しも必要になっている。女性の薄毛の原因となりやすい人の傾向、病状による治療や最新治療を、銀座HSクリニックの北島渉先生に訊いた。