発見されたモーツァルトの頭蓋骨をDNA鑑定してみると……
さて、モーツァルトの死にまつわる不可解かつ怪奇な謎はまだある。
モーツァルトの遺体は、12月6日の深夜から7日の朝にウィーン郊外のサンクト・マルクス墓地の4~5人用の共同墓穴に埋葬される。当時、葬儀の簡素化政策によって、家族や知人が葬列に同行しない慣習があったため、埋葬された共同墓穴の位置は不明だ(『モーツァルト』新書館)。
没後100年の1891年、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスらが眠る中央墓地に、サンクト・マルクス墓地にあった「モーツァルトの墓とされるもの」が移動される。つまり、現在、「モーツァルトの墓とされるもの」は、墓地の看守が他人の墓などから拾い集めた人骨から作った墓地にすぎない。
ザルツブルクにモーツァルトの研究、出版、コレクションの収集を行う「国際モーツァルテウム財団」にモーツァルトのものとされる「下顎のない頭蓋骨」が保管されている。
財団によると、埋葬後10年目にモーツァルトを埋葬した共同墓地は、再利用のため整理されたため、遺骨は散逸したが、頭蓋骨だけが保管され、教会の用務係、解剖学者、墓掘り人ヨゼフ・ロスマイヤーなどを経て、1902年に財団が入手・収蔵している。
だが、遺骨の真贋は、否定的な見解が多い――。
2004年にウィーン医科大学の研究チームは、モーツァルトの父レオポルドなどの親族の遺骨の発掘許可を得て「下顎のない頭蓋骨」の2本の歯と墓地から発掘した伯母と姪の遺骨をDNA鑑定している。
2006年1月8日、オーストリア国営放送のドキュメンタリー番組によると、「下顎のない頭蓋骨」は伯母と姪の遺骨のいずれとも縁戚関係がなく、しかも伯母と姪の遺骨同士も縁戚関係がない事実が判明している。
何とも歯切れの悪い幕切れだ。真相解明の見込みはないのだろうか? DNA鑑定の検証が困難な理由を挙げよう――。
検証の道は残されている!
没後200年以上、盗掘、離散、移転が重なったので、最初の共同墓穴、移転先の埋葬地の位置が確定できない。その公式記録もない。万一、モーツァルトと推定される人骨を入手しても、経年変化による損傷度、劣化度(コンタミネーション)などの悪条件があれば、鑑定できない。鑑定できても、本人を特定できる比較試料がなければ鑑定不能だ。
何よりも「下顎のない頭蓋骨」がモーツァルト本人の人骨である確証がないのは致命傷だ。さらに、今のところ財団や大学などの再調査や鑑定の計画は発表されていない。
しかし、検証の道は残されている。比較検証できる鑑定試料を探す選択肢があるからだ。
たとえば、モーツァルトの生家、通った教会、博物館などに所蔵されたモーツァルトや親族の遺品と推測される毛髪のほか、ピアノ、楽器、楽譜、衣装、寝具、家具、食器、ヘアブラシ、生活遺品に残存した痕跡、血液、唾液、爪などを収集する。
特に2人の息子(末裔なし)や妻コンスタンツェの遺品のほか、交流のあったパトロン的存在のヴァルトシュテッテン男爵夫人やコロレド大司教、宮廷貴族、サリエリなどの作曲家、友人、教会関係者などの遺品などが対象になるだろう。
財団や大学の研究機関が国際的な支援を受けて慎重に探索・研究すれば、真相に一歩でも近づく可能性があるかもしれない。
(文=佐藤博)
●参考文献
「数奇な運命をたどった9人の著名人の遺体の一部」2015年4月12日
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。