シリーズ「DNA鑑定秘話」第51回

シェークスピアも戯曲にした英国王リチャード3世の遺骨をDNA鑑定~明らかになった真実!

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シェークスピアも戯曲にした英国王リチャード3世の遺骨をDNA鑑定~明らかになった真実! の画像1

2015年にレスター大聖堂に安置されたリチャード3世の棺(depositphotos.com)

 英国のレスター大学など6ヵ国の国際研究チームは、15世紀の英国王リチャード3世の遺骨の検視に関する論文を医学専門誌『Lancet』に発表。リチャード3世の凄惨な死が明らかになった(2014年9月17日「AFPニュース」)。

 1485年8月22日、リチャード3世はイングランド中部レスターシャー州のボズワースの戦いで、王位継承を争っていたヘンリー・チューダー(後のヘンリー7世)に敗れ、32歳で戦死(1452~1485)。遺体は裸にされてレスター市に運ばれ、2日間も晒しものになる。

 だが、2012年9月、遺骨はレスター市庁舎の駐車場の地下から偶然に発見され、レスター大学の病理学者ガイ・ルティ氏らの考古学チームが分析していた。

 論文によると、発見された駐車場は当時、修道院だったが、「聖歌隊席にリチャード3世を埋めた」という記録があったことから発掘。炭素年代測定の結果、15世紀後半~16世紀前半に戦傷を受けた身長170cm の30~34歳の男性をリチャード3世と断定した。

コンピューター断層撮影(CT)で致命傷が明らかに

 記録によると、リチャード3世は狭い穴に押し込まれるように埋葬され、手首を縛られるように両手は同方向に重なった状態で出土。副葬品はなく、裸のまま埋められたと推定された。

 チームは頭遺骨に残された切り傷、擦り傷、刺し傷などの痕跡を当時の武器が人体に与える損傷の程度と比較し、死亡時の状況を推定。遺骨をコンピューター断層撮影(CT)で調べたところ、鋭利な剣などが頭蓋骨を貫通し、脳に達したために致命傷に至ったと考えられる頭部2か所の貫通痕、絶命直前に受けたと推測される9か所の損傷の他、死後に鎧を引きはがされてできた胴体2か所の刺し傷を確認した。

 チームのサラ・ヘインズ氏によれば、頭部の損傷は、遺骨の傷の状況から、うつ伏せの状態で複数の敵に襲撃されたためにできたと推測している。

 戯曲『リチャード3世』を認めた劇作家ウイリアム・シェークスピアは、背骨が湾曲して手足がなえ、醜い容貌を持ち、めいと結婚するために王妃や甥などの王位継承候補者や反対派の貴族らを次々と殺害して権勢を揮った極悪残虐な暴君を描いた。

 だが、英文学者の石原孝哉氏は、著書『悪王リチャード三世の素顔』(丸善プラネット)でこう指摘する。「シェークスピアが戯曲を書いた16世紀後半は、リチャード3世を倒したヘンリー7世の孫のエリザベス1世の治世だったため、リチャード3世の悪逆非道ぶりを強くプロパガンダする必要があった。暴君リチャード3世の風評は、事実無根か後世の臆測だろう」。

 また、多くの現代の歴史研究家も、リチャード3世を倒して台頭したヘンリー・チューダーのテューダー朝がリチャード3世の真相を歪曲し、後世に伝えたと判断している。

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