民間バンクの破綻で臍帯血1000本以上が流出!
ひとつは、日本赤十字社などが運営する「公的臍帯血バンク」だ。全国に11カ所にあり、提携病院で無償提供に同意した妊産婦から臍帯血を採取し、細胞の分離が行われた後、マイナス196℃の液体窒素の中で保存する。
移植を希望する第三者の白血病などの患者に提供される。1997年から現在まで、移植本数は累計1万5000本を超える。
もうひとつは、民間企業が運営する「プライベートな臍帯血バンク」。こちらは将来、赤ちゃん本人や家族が病気になった場合に備えて、母親らが料金を支払って採取し預ける。
あくまで提供者本人や家族に投与するために保管するもので、原則として研究目的以外で第三者に提供されることはない。
今回の事件の発端は、そうした民間バンクのひとつ「つくばブレーンズ」が、2009年に経営破綻したことから発覚した。預けられていた千数百人分の臍帯血は債権者に譲渡され、そこから京都の医療法人や福岡市の医療関連会社へと販売。さらに日本各地のクリニックに流れた。
厚生労働省が「臍帯血の有効性や安全性」を認めているのは、「白血病」や「悪性リンパ腫」「乳がん」など27種類の病気のみ。それ以外の目的で、他人の臍帯血を患者に投与するときは、安全性確保のため、国に「治療計画」を届け出なければならない。
しかし、今回、明るみになった対象外のがん治療や美容目的の利用は、すべて無届けだった。しかも捜査が進むと、届け出が不要な27疾病へのカルテ改ざんを、販売会社が医師に指南した疑いが浮上。違法性をはっきりと認識していた可能性が高い。
破綻した民間バンクでは、臍帯血の管理体制がずさんで、譲渡時すでに誰のものかわからないものまであった。患者の期待につけこんで金儲けをしただけでなく、保管状態の悪さから患者を感染症の危険にさらしたという指摘もある。
さらに元をたどれば、十数万円のお金を払って「子どもが将来病気になった時に備えたい」と願った母親たちの信頼も裏切ったことになる。
民間バンクによる臍帯血の「私的保存」は有効なのか?
こうした民間臍帯血バンクの問題点については、以前から関係者の間で指摘されてきた――。
公的バンクの事業は、主に白血病患者の治療に使う臍帯血を安定的に確保するのが目的だ。そのため国の許可や指導監督を受け、厳重な品質管理が義務づけられている。それに対して民間バンクは、そうした法律の対象とならず、今回のように臍帯血が流出した場合の対応は野放しなのが実情だ。
また、民間バンクの「技術的な問題」や「私的保存の実効性」を疑問視する声も多い。まず、冷凍保存した臍帯血を将来、白血病などのために移植に利用する際は、十分な細胞数が必要だ。また、移植用の臍帯血が細菌などに汚染されていると使用することができない。
公的バンクでは、臍帯血の回収について一定の講習を受けた医師が行う。だが、民間バンク用の臍帯血回収は特別な講習を受けていない医師が行う場合もあるため、十分な安全性を確保できる保証がない。
さらに、プライベートで保存した臍帯血は治療適応範囲が狭く、公的バンクに十分な備蓄がある以上、移植に使う可能性はほとんどないという指摘もある。臍帯血はヒト白血球抗原(HLA)が一部合わなくても移植が可能なため、骨髄に比べてマッチする際のハードルが低いからだ。
日本造血細胞移植学会は「すでに家族内に血液難病の患者が存在する場合などを除き、私的な臍帯血の保存は極めて実効性が乏しい」と平成14年の声明文の中で述べている。
厚生労働省は、今回の問題を重く受け止め、今年(2017年)6月から民間バンクの実態調査を始めた。各バンクの臍帯血保管数や管理方法を確認し、今後、法的な規制も検討する。
少子化の中、「民間のプライベートバンク」を利用する母親は年々増えているという。しかし、利用側も臍帯血の私的保存の実情と背景をしっかり理解したうえで、単なる営利に利用されることのないよう賢明な判断をするべきだろう。
(文=編集部)