犬の超嗅覚を活かした早期がんの発見
活躍しているのは高感度の嗅覚センサーだけではない。犬や線虫(寄生虫)も気を吐いている。
人間が臭いを感じる嗅細胞は約500万個。約400種ある嗅覚受容体の組み合わせによって臭いを区別する。一方、犬の嗅細胞は約2億個以上あり、犬の嗅細胞の感度は人間のおよそ100万倍~1億倍。この犬の超嗅覚を活かした早期がんの発見が進んでいる。
がん細胞が増殖すると、がん細胞内のタンパク質が変質するため、揮発性の有機化合物(VPCs)が産生され、発症の早期に尿中、血液中、呼気に排出される。
日本医科大学の研究グループは、乳がん、胃がん、大腸がんなどの患者約300人の尿を採取し、5つの箱のうち1つにだけ患者の尿を入れて探知犬に臭いを嗅がせたところ、約99.7%の高確率で嗅ぎ分けることを確認。2005年秋から、がん探知犬を使ったがん検診を試験導入し、検証を重ねてきた。その驚異的な検知率が世界で注目されている。
がんは早期発見すれば、完治できる可能性が高いため、ステージ0~1程度の早期に進行を発見することが重要だが、検査費用、検査時間、検査に伴う苦痛などの制約が強いため、がん検診の受診率は伸び悩んでいる。しかも、健康診断で行われる腫瘍マーカーによるがん検査の検知精度は、およそ25%と低く、偽陽性や偽陰性のリスクもある。
このような経済的・時間的・身体的な負担やリスクを緩和し、より高精度のがん検査として研究が進んでいるのが、がん探知犬によるがん検査だ。だが、検知犬1頭が1日にこなせる検査数は限られている。また、犬種によって検知能力に差があり、検知犬の育成に費用と時間がかかるなどの課題も残っている。
日本医科大学の研究グループは、検知犬の育成とともに、犬が嗅ぎ分ける揮発性の有機化合物(VPCs)をより正確に特定できる技術の開発が急務と指摘する。検知犬と先進的な検査技術をコラボすれば、早期がんの発見が実現するにちがいない。
がん探知犬はフランスでも奮闘中
嗅覚の超エリート、がん探知犬はフランスでも奮闘中だ。
フランス中西部、オートビエンヌ県マニャックラバルのKドッグプロジェクトの研究者らは、探知犬が乳がん患者の乳房に触れた包帯を正確に嗅ぎ分ける乳がん診断法を開発した(AFPBB News2017年3月25日)。
研究者らは、31人の乳がん患者の乳房に当てた包帯のサンプルを収集。ジャーマンシェパード2頭に乳房に当てた包帯と当てていない包帯を嗅ぎ分けるように訓練した。
6か月間にわたる訓練の結果、2頭はがん患者の包帯31枚中31枚を正確に検知し、成功率は100%に達した。この診断法なら患者への負担もなく、簡単・安価に実施できるので、マンモグラフィー(乳房X線撮影)を利用できない国々での乳がん診断に大きな恩恵をもたらす。臨床試験が進めば、乳がん患者の予防・治療に貢献するだろう。
尿1滴から全てのがんの有無を速断する線虫
嗅診のアンカーは、何ともエレガンスな名前を持つ寄生虫、C.エレガンスだ!
九州大学味覚・嗅覚センサ研究開発センターの広瀬崇亮助教授らの研究グループは、体長数mmの線虫が尿1滴の臭いを嗅ぐだけで、胃がん、食道がん、前立腺がんなど全てのがんの有無を嗅ぎ分ける診断技術を開発した(米科学誌「Plos One」電子版2015年3月12日)。
発表によれば、診断に使われたのはC.エレガンス(カエノラブディティス・エレガンス)と呼ばれる線虫。シャーレに置いた50〜100匹の線虫に、がん患者の尿と健康な人の尿242人分を数滴垂らし、それぞれの検体に線虫が示す反応を調べた。
その結果、線がん患者24人の尿の臭いに約95.8%(23人)の高確率で近づき、健康な人218人の尿には約95%(207人)の高確率で遠ざかった。なお、線がん患者24人のうち、12人は進行度のステージが0〜1の早期がんだったため、線虫は早期がんを発見できる可能性が高い。九州大学は、日立製作所と検知装置の共同開発を進めつつ、2019年頃の実用化をめざしている。
九州大学のほか、順天堂大学などの共同研究グループも、線虫によるがん検査技術の実用化に取り組んでいる。4日で世代交代する線虫は、飼育が簡単で扱いやすい。しかも、犬と同レベルの優れた嗅覚をもつ。検査費は数100円程度。検知犬と違い、専門家の訓練はいらない。
実用化されれば、受診者の負担もリスクも少ないので、気軽にがん検診を受ける人が増え、早期がんの発見につながるにちがいない。
病いは息から! 息を嗅げば病気の正体がバレる! ため息からでも病気を診断できる嗅診。ヒポクラテスも赤ひげも試みた嗅診のエビデンスは、今もイキイキと生きている!
(文=編集部)