息を嗅げば病気の正体がわかる(depositphotos.com)
中国医学の診断法に四診(ししん:望診、聞診、問診、切診)がある――。
「望診(ぼうしん)」は、顔面(眉間、頬、鼻、顎)、舌(舌苔)、前腕や上腕などの皮膚の血色を見る。「聞診(ぶんしん)」は、声の調子・呼吸音を聞き、体臭・口臭を嗅ぐ。主訴、自覚症状、家族歴、現病歴、既病歴、生活状態を質問するのが「問診(もんしん)」。症状のある体の特定の部位(脈、腹)に触れるのが「切診(せつしん)」だ。
体臭・口臭などの呼気(吐く息)で病気を診断する聞診は、嗅診(きゅうしん)とも呼ばれる。そのルーツは、ヒポクラテスが診療に奔走していた紀元前4〜5世紀頃の古代ギリシア。ヒポクラテスは、息を心や魂を表す「プシュケー」と呼び、生命力の根源と考えた。
江戸末期、第8代将軍・徳川吉宗の幕命で建てられた小石川養生所に詰めた赤ひげ(新出去定)も嗅診を活かして手当てしている(山本周五郎『赤ひげ診療譚』)。嗅診は、血液検査やレントゲン検査などの客観的な検査法がなかった20世紀初頭の明治・大正期までは、内科医の標準的な診断法だった。
嗅診でどんな病気が判明するのか?
体臭、便、尿などから発生する数千種類の生体ガスのうち、最も多いのが1000種類以上ある呼気(吐く息)だ。病気で異常化した細胞は特定の生体ガスを発生し、血液を通して肺から排出されるので、呼気に含まれる生体ガスを検知すれば、血液検査よりも負担が少なく、簡単・安全に診断できるため、病気の早期発見・治療につながる。
嗅診すると、どんな病気が分かるのだろう?
たとえば、甘酸っぱい果実臭(ケトン臭)なら糖尿病、ネズミ臭やかびた魚臭なら肝臓病、卵の腐敗臭なら胃腸病、アンモニア臭なら腎臓病・肝性脳症・感染症、古いビール臭なら痛風、化学調味料臭や硫黄臭ならがん、腐敗臭なら蓄膿症・歯周病などという具合だ。
イギリスの哲学者フランシス・ベーコンは、ヨーロッパで流行したペスト(黒死病)を「腐った柔らかいリンゴのような臭い」と書き残している。
嗅診の果たす役割は絶大
このように嗅診の果たす役割は絶大だ。さまざまな研究報告がある。
東京医科歯科大学の三林浩二教授らは、呼気に含まれるアセトンを高精度(2PPB/PPBは10億分の1)に検出する高感度センサーを開発。学校歯科検診時に検査し、世界で毎年約9万人の子どもが発症する1型糖尿病の潜在的な患者の早期発見・治療に貢献している。血液検査よりも簡単で痛みもないのが何よりのメリットだ。
京都大学の武藤学教授らは、ガスセンサー製造のエフアイエスと連携し、呼気中のアセトアルデヒドを測定する呼気センサーを共同開発。アセトアルデヒドは、食道がん、胃がん、大腸がんを発症するリスクが高い。息を吹き込んだビニール袋を呼気センサーにセットするだけで、約5分でアセトアルデヒドの濃度を検出。遺伝子検査よりもかなりスピーディかつ簡便でローコストだ。
中部大学生命健康科学部の下内章人教授(国立循環器病研究センター研究所室長)らは、約2000人の呼気を採取し、質量分析法(ガスクロマトグラフィー)を駆使して慢性気管支炎、貧血、気管支ぜんそく、睡眠時無呼吸症候群、肝硬変、高血圧など24種類の病気の発症に関わる12種類の生体ガス(一酸化炭素、一酸化窒素、水素、アセトンなど)を特定し、発症の機序や因果関係などを解明している。
採取法の標準化が宿題だが、生活習慣病やがんの早期診断、病気の治療経過の観察などにも役立つと期待が高まっている。