もうひとつのきっかけは自身の更年期障害
もうひとつ、天野医師が性差医療に向かう大きな動機となったのが、自身の更年期障害の経験である。さまざまな症状に苦しみ、仕事をこなせない時期もあった。できる限りの治療を試し、専門医のもとに足を運んだが、解決策は得られなかった。更年期障害に関する医療の遅れを、身をもって感じた。
「微小血管狭心症にしても、更年期障害にしても、命に係わるわけではなくとも、女性の生活の質を著しく損ないます。なのに、医師にすら認知されていない。この状態を変えていかなくてはと思いました」
調べてみると、米国では90年代から、国の支援のもとに性差医療(Gender-specific Medicine)」の取り組みがなされていることもわかってきた。これを日本に導入しようと天野氏は考えた。
そして1999年の日本心臓病学会で「女性における虚血性心疾患」というシンポジウムで性差医療の概念を紹介し、日本でも性差を考慮した女性医療・医学が必要であると訴えた。
その後、鹿児島大学医学部第一内科の鄭忠和教授の賛同を得て、2001年5月、性差医療の実践の場として、同大学内に初の「女性外来」を開設。同年9月には、当時の千葉県知事・堂本暁子さんのもとで、公立病院で初の「女性外来」を立ち上げた。
2002年8月には、堂本氏に招かれ、千葉県衛生研究所所長 兼 千葉県立東金病院副院長として赴任した。女性外来はこの後全国で開設され、現在では300を超える。
2004年に天野医師が代表世話人になって「性差医療・性差医学研究会」が設立され、2008年には、「日本性差医学・医療学会」が発展的に設立された。
性差医療の重要性は少しずつではあるが浸透しつつある。日本循環器学会では2010年、「循環器領域における性差医療に関するガイドライン」を発表し、性差による違いについてのエビデンスの提供を始めた。
このガイドラインには、天野氏が性差医療に進むきっかけとなった「微小血管狭心症」の記載もある。女性の狭心症診断は一歩、確実に前進した。
「性差医療を日本に紹介してから10年かかってここまできました。まだまだこれから、性差医療を根付かせるために行動していきます」と天野医師は力を込める。
(取材・文=梶浦真美)
「性差医療」のパイオニアである天野恵子医師(静風荘病院・埼玉県新座市)のインタビュー
天野恵子(あまの・けいこ)
1967年、東京大学医学部医学科卒。1988年、東京大学保健管理センター専任講師。1993年、東京水産大学(現:東京海洋大学)保健管理センター教授。2002年より千葉県立東金病院副院長および千葉県衛生研究所所長。2009年より埼玉県新座市の静風荘病院にて女性外来を開始している。日本における性差医療のスペシャリスト。循環器疾患、更年期における諸疾患、線維筋痛症、慢性疲労症候群などが専門。日本性差医学・医療学会(理事)、性差医療情報ネットワーク(代表世話人)。主な著書に『行き場に悩むあなたの女性外来―「部分」ではなく「全体」を治す』(2006年 亜紀書房)、『性差医療―性差研究が医療を変える』(2005年 真興交易(株)医書出版部)などがある。