法制化前の「責任能力なし」の精神障害者の行方
――医療観察法が制定される以前は、責任能力なしと判断された触法精神障害者は、どのような処遇を受けていたのでしょうか?
「責任能力がない状態」は「心神喪失」、「責任能力が減弱している状態」は「心身耗弱」と区別されます。心神喪失は、妄想などの精神症状に完全に支配されている状態。一方の心神耗弱は、多少は現実的に対応する検討能力が残されている状態です。
たとえば、「命を狙われている」という妄想を抱き、「殺せ」という幻聴に従って護身目的で事件を起こした場合、心神喪失または心神耗弱と判断されることがあります。
いずれの場合も医療観察法が施行される前は、一般の精神科病院で措置入院(自傷他害の恐れのある精神障害者を、本人の同意がなくても入院させられる制度)として扱われ、特化した治療制度はありませんでした。
――他害行為を行なってから、どのような過程を経て、こちらの医療観察法病棟へやってくるのでしょうか?
ここへ来るまでに2回は精神鑑定を受けています。1つは「刑事責任能力鑑定」といい、この鑑定では、病気がどの程度犯行に影響を与えたかを明らかにします。その結果を受けて、裁判官または検察官は心神喪失なのか、心神耗弱なのかを判断します。
その上で検察官が、裁判所に「医療観察法の治療を受けさる」申立てをします。そこで裁判所が、医療観察法に基づいた鑑定を再度行ない、治療が必要と判断された場合は、医療観察法病棟へ入院させたり、指定する医療機関に通院しなさいといった命令が出されます。
(取材・文=里中高志)
平林直次(ひらばやし なおつぐ)
国立精神・神経医療研究センター 病院・第2精神診療部長
1986年東京医科大学医学部卒。東京医科大学精神医学教室、国立精神・神経センター武蔵病院精神科、ロンドン大学司法精神医学研修を経て、2010年より現職。2010年より同精神リハビリテーション部長、2015年同認知行動療法センター臨床診療部長併任。専門は司法精神医学。