映画『ミクロの決死圏』の世界が現実に!?(shutterstock.com)
今、羽田空港の対岸で「New Kawasaki」をシンボライズしたビッグ・プロジェクトが動き始めている。その台風の目とも言える国家的プロジェクト、それが殿町国際戦略拠点キングスカイフロントだ。健康・医療・福祉・環境などの成長が著しいライフサイエンス・環境領域のオープンイノベーションを活性化しつつ、グローバルな研究開発に軸足を置いた新産業の創出をめざしている。
昨年、この成長戦略の要となるキングスカイフロントに最先端医療研究施設のナノ医療イノベーションセンターiCONM(アイコン)が立ち上がった。そこで進むのが体内病院(In-Body Hospital)や切らない手術などのナノ医療テクノロジーの研究だ。
微小なカプセル型のスマートナノマシンが血液中をパトロール
「体内病院」は、耳慣れないキーワードだ。簡単に言えば、微小なカプセル型のスマートナノマシンが血液中をパトロールし、常に体内を監視しながら、病気を検知するや否や、ピンポイントで病巣に狙いをつけ、自動的に治療する仕組み、それが体内病院だ。
もう少し科学的に言い換えれば、こうなるだろう――。まず、診断と治療に必要な要素技術を組み込んだ機能分子をウイルスサイズ(50ナノメートル)のスマートナノマシンに搭載する。スマートナノマシンは、24時間フルタイムで全身の血管中をくまなく巡回しながら、病気の予兆を見つけ、治療を行い、体外に治療情報を直ちに知らせる。つまり、体内の必要な場所で必要な時に必要な診断と治療を行うDDS(ドラッグデリバリーシステム)、それが体内病院だ。
nm(ナノメートル)は、10億分の1メートル。どれだけミクロなのか? スマートナノマシンは、想像できないほどの超微小なカプセルだ。病院に行かなくても、血液中を泳ぎまわるスマートナノマシンが病気を見つけ、治療する。まさにSF映画『ミクロの決死圏(Fantastic Voyage)』(1966年)の空想世界が現実になったのだ。
通院できる、入院日数が短くなる、医療費が抑えられる!
iCONM(アイコン)のプロジェクトをリードするのは、片岡一則氏(ナノ医療イノベーションセンター長)だ。スマートナノマシンによる体内病院の実現に向けて、がんなどの特定の標的だけを攻撃するDDSの研究・開発に情熱を注いでいる。
体内病院は、どのようなメリットがあるのだろう?
たとえば、入院せずに通院できる、入院日数を短縮できる、難病に罹っても、日常生活を送りながら治療に専念できる。その結果、医療費の抑制にも貢献できる。つまり、医療にかかる時間、コスト、距離を意識せずに、いつでも・どこでも・誰でも、心理的・身体的・経済的な負担から解放され、自然体で健康に暮らせるスマートライフケア社会を実現する、それがiCONM(アイコン)が掲げる長期的なビジョンだ。
昨年のNHKスペシャル『NEXT WORLD 私たちの未来』でも取り上げられた体内病院。がん治療を例に上げながら、その仕組みを具体的に解きほぐしてしてみよう。
体内病院は、まず親水性と疎水性を備えた優れたナノサイズの高分子カプセル(抗がん剤内包高分子ミセル)をデザインすることから始まる。次に、高分子カプセルで抗がん剤を包む→高分子カプセルで包んだ抗がん剤をがん組織に送り込む→抗がん剤ががん組織を直撃し、副作用を抑えるという流れになる。なぜ、このような神業がかなうのだろう?
この高分子カプセルの直径は、ウイルスと同じ30~100nmのミクロサイズなので、がん組織を透過して抗がん剤を患部に届けることができる。しかも、高分子カプセルは、がん組織に異物として排除されないように、表面をステルスポリマーと呼ぶ高分子で覆っている。したがって、がん組織に届いた高分子カプセルは、がん組織に向かって抗がん剤をピンポイントで放出できるのだ。
つまり、がん組織は正常組織よりもph(水素イオン濃度指数)が低いので、phに反応した高分子カプセルが破壊されると、カプセル内の抗がん剤が放たれる。抗がん剤は、がんの細胞膜の中にだけ作用するため、その他の細胞を傷つけない。がん組織を欺いて攻撃する巧みな戦略は、まさにギリシア神話の「トロイの木馬」を彷彿とさせる。
この高分子カプセルを活用したDDSは、効果が高く、副作用が低いことから、転移したがん、薬物耐性を獲得したがん、薬剤が届きにくい部位にできた難治性のがんやがん幹細胞にも対処できる。現在、抗がん剤を内包した高分子カプセルは、実用化に向けて複数の臨床試験が進行している。