シリーズ「AIと医療イノベーション」第2回

人工知能(AI)が医療を変える! わずか10分で白血病を見抜き患者を救った「IBM Watson」の底力

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IBM Watsonのジェネラルマネージャーを務めるManoj Saxena氏drserg / Shutterstock.com

 「Elementary, my dear Watson(基本だよ、ワトソンくん)」――。

 アーサー・コナン・ドイルの推理小説『シャーロック・ホームズ』シリーズに登場するワトソン医師が巧みなストーリ—・テラー(語り部)なら、「IBM Watson」はAI(人工知能)のニュー・ヒーローといったところか。頭脳明晰・利発聡明のWatsonは、どれほど頭のいいAIなのだろうか?

 コンピュータが自ら学習・推論・考察しながら、膨大な情報源から大量のデータを瞬時に分析し、質問に回答したり、人間の意思決定を支援したりする、コグニティブ・コンピューティング・システム、それがWatsonだ。コグニティブとは「経験的知識に基づいた」「認知力が優れた」という意味。その名はIBMの創立者トーマス・J・ワトソンにちなむ。

 8月4日、東京大学医科学研究所は、Watsonが60代の女性患者の正確な白血病の病名をわずか10分で見抜き、病名から割り出した適切な治療法によって患者の命を救ったと発表。このニュースに、AIや医療に携わる世界中の人々が驚愕した。

 Watsonが走ってきたサクセス・ロードを駆け足で追ってみよう。

クイズに答えて人間を打ち負かし、ついに日本語も覚えた

 皮切りは7年前の2009年4月。Watsonは米国の人気クイズ番組「ジェパディ!」にチャレンジした。自然言語で問われた質問の文脈を理解し、大量の情報の中から適切な回答を選択。世界は、AIの明晰さ、俊才ぶりを、まざまざと見せつけられた。

 3年後の2011年2月、「ジェパディ!」に再出演したWatsonは、2日間にわたって人間との対戦に挑む。初日は引き分けだったものの、トータルの正答率で完勝。人間を越える実力を示しただけでなく、賞金100万ドルも獲得した。

 この時のWatsonのスペックだが、Power Systems 750を動かすOS(オペレーティングシステム)はLinux。2880個のPOWER7プロセッサ・コアを搭載し、処理性能は80テラFLOPS! Wikipediaなどの2億ページ分のテキストデータ(約100万冊の書籍データに相当するおよそ70GB)をスキャンしてスラスラと回答した。

 2014年、Watsonのコグニティブ・コンピューティング・システムを紹介するショートアニメ『STEINS;GATE 聡明叡智のコグニティブ・コンピューティング』を初公開。映像を観た直後、Watsonのジーニアスにジェラシーすら感じた人が多かったとか。この天才、ただ者ではない!

 2015年は、世界の料理のレシピや食品の香りの嗜好性などの分析データをコンパクトにまとめた「Watsonレシピ」を自費出版。日本では、このレシピを使って一流シェフが調理する公開イベントが開かれ、多くの人が目を輝かせて舌鼓を打った。ただ賢いだけでなく、「人間らしさ(?)」も伝わってくるほのぼのエピソードだ。

 この年、WatsonのAIブームに火がつく。日本IBMとソフトバンクテレコムは、Watsonの日本語学習やAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)の開発を行う共同事業を本格的に立ち上げた。APIとはソフトウェアが互いにやりとりするのに使うインタフェースだ。

 さらに今年2月、Watsonは、ついに日本語を修得。日本IBMとソフトバンクは、Watsonのアプリケーション開発に利用できる6種類のAPIの日本語版を発表した。つまりWatsonは、日本語で記述された医療情報を分析できる知恵を身に付け、医療分野の日本語版アプリケーションの開発が加速することになったのだ。

冷静な判断や適確な行動が求められる医療現場での活躍

 たとえば、Watsonは、自然言語分類や対話、検索やランク付け、文書変換、音声認識、音声合成などの高度な機能を実装したアプリケーションの開発ができる。日本語のもつ曖昧なニュアンスや表現の繊細さを、器用さと堅実さを発揮して見事に克服できる。会話の文脈から意味を推論し、経験を蓄積して学ぶので、そのニュアンスや意図をくみ取れる。

 多忙を極め、常に冷静な判断や適確な行動が求められる医療現場。自然な会話をしながら、質問の意図を正しく理解し、膨大な情報の中から適切な回答をスピーディにアウトプットできるWatsonの対応力は大きく、信頼できる。

 Watsonと会話した俳優の渡辺謙さんも、思わず「やるじゃん、Watson!」と痛く感心。現在は、日本語を含む7言語を学習中とか。言語の壁を超え、医療分野からさまざまビジネス・シーンへ応用する可能性を拡げているところだ。

 さて、このようなWatsonの天才ぶりは万人が認めるところだ。米国やタイでは、がん診断支援の活用が始まり、日本でも東京大学医科学研究所などが中心となり、がんゲノム解析分野の共同研究がスタートしている。

 日本IBMワトソン事業部の吉崎敏文部長によれば、Watsonは医療従事者なら読むのに1カ月半もかかる膨大な量の文献を、およそ20分たらずで読めるという。がん細胞に関する数10万件のデータから、重要な数個のデータを選ぶのもお手のものだ。

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