シリーズ「病名だけが知っている脳科学の謎と不思議」第5回

早逝のロシア名医がアル中患者に名付けた奇病~記憶障害と妄想に陥る「コルサコフ症候群」

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治療は長期的な断酒と対症療法

 コルサコフ症候群は、ビタミンB1の欠乏によって意識の混乱、歩行障害(小脳失調歩行)、眼の痙攣(眼振)などを伴うウェルニッケ脳症と合わせて、ウェルニッケ・コルサコフ症候群と呼ばれることがある。

 どちらも、アルコール依存症者に多い中枢神経疾患だが、急性期をウェルニッケ脳症、慢性期をコルサコフ症候群という。

 ウェルニッケ脳症は、食事も摂らずに飲酒を続けるアルコール依存症者が、ビタミンB1の欠乏による糖−エネルギー代謝の破綻、低栄養による栄養失調、下痢による衰弱、意識の混濁、幻視などを伴って発症するケースが多い。

 栄養障害、衰弱、意識障害があれば、ビタミンB1の大量投与を行い、後遺症となるコルサコフ症候群の発症を抑制するのが標準治療だ。

 すなわち、ウェルニッケ脳症は回復の可能性は高いが、コルサコフ症候群は不可逆的障害なので、認知機能も低下するアルコール性認知症を発症する場合もあり、多少は改善しても完治はきわめて困難とされる。

 なぜなら、コルサコフ症候群の患者の頭部MRI(磁気共鳴画像)検査を行うと、記憶を司る中枢である海馬の萎縮が認められるからだ。

 治療は、病院のデイケア、介護保険によるデイサービスへの通所、食事療法、リハビリ、生活習慣の改善などによって長期的な断酒をめざしつつ、経口ビタミンB群(ビタミンBI、B2、B6、B12、葉酸など)や精神安定剤の投与などの対症療法に依存するほかない。

 「ここはどこ?」「今日は何日?」「あなた、だれ?」。過去が思い出せない。新しい記憶が定まらない。場所や日時が分からない。記憶と妄想の区別がつかない。ありもしない話をしゃべる虚言癖が強いが、思考や会話などの知的能力は低下していない。

 コルサコフ先生は、あなたを脅かすもしれない。「実はロシアのブランデーの所為(せい)なのだ! 美味いからね。でも、酔っぱらって、恋人や奥さんに作り話するようなら、危ないですぞ!」と。

*参考文献:『アルツハイマーはなぜアルツハイマーになったのか 病名になった人々の物語』(ダウエ・ドラーイスマ/講談社)など


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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