このような歯の幹細胞のうち乳歯や親知らずの幹細胞を使う歯髄再生医療は、どこまで進んでいるのだろう?
2010年9月、独立行政法人 産業技術総合研究所の研究チームは、がん化を引き起こしやすいc-MYC遺伝子を使わずに、抜けた乳歯や親知らず(歯胚)の歯髄細胞からiPS細胞を作ることに成功した。
この研究では、皮膚の細胞から作るiPS細胞と比べると100倍以上も効率がよく、得られたiPS細胞から、腸、軟骨、神経、心筋の細胞ができることも確認した。チームメンバーの小田泰昭氏は、「抜歯の時に捨てる親知らずの歯胚から安全なiPS細胞を効率よく作れた。iPS細胞は、PAXIP1という遺伝子が活発に働いている細胞から特に作りやすかった。今後、iPS細胞を効率よく作る遺伝子の仕組みを解明し、再生医療に必要なiPS細胞バンクの設立に貢献したい」と話した。
さらに、2011年から2012年にかけて、新たな展開があった。愛知学院大学と国立長寿医療研究センターは、共同研究を行い、イヌの動物実験で、歯髄を除去した歯に歯髄幹細胞を移植し、神経や血管を形成する歯髄と象牙質の再生に成功。歯髄幹細胞を使った歯髄再生医療の臨床研究が始まり、注目されている。
このように、歯髄再生医療は、噛みあわせに関係しない医療廃棄物の親知らずの歯髄から歯髄幹細胞を取り出し、歯髄幹細胞の活発な自己増殖能を利用してiPS細胞を培養後、歯髄を抜いた歯にiPS細胞を移植し、歯髄の機能を回復させる。
歯髄幹細胞は、細胞の増殖能力が高いために、短期間で大量の幹細胞を手軽に作れる。歯という硬組織にガードされているので、遺伝子ががん化しにくい、安全で良質のiPS細胞を作れる、体への侵襲が低いことなどが、大きなメリットだ。
さらに、歯髄幹細胞から作ったiPS細胞は、日本人のおよそ20%に移植できる型をもつことが分かっている。つまり、この移植型を持つiPS細胞が50株あれば、日本人のほぼ90%以上をカバーするiPS細胞が作られる計算になるという。したがって、移植に適したiPS細胞を保存・管理するiPS細胞バンクを設立するのも夢物語ではなくなった。さて、ネクストステージは、歯そのものの完全再生だ。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。