シリーズ「傑物たちの生と死の真実」第9回

当初は西洋医学を否定! スティーブ・ジョブズが膵臓がんに立ち向かった8年の闘病

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8年におよぶ闘病の末、2011年10月5日に死去したスティーブ・ジョブズBloomua / Shutterstock.com

 2011年10月5日、米アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ会長は、膵臓がんの転移による呼吸停止で死去。享年56だった。

 1955年2月24日、シリア留学生の父、アブドゥルファター・ジャンダリとアメリカ人の大学院生の母、ジョアン・シーブルの長男として、カリフォルニア市で生誕。だが、ジョアンの父は、シリア人の父との結婚を許さず、経済的な事情も重くのしかかり、ジョブズは、ポール・ジョブズ、クララ・ジョブズ夫妻の養子に出される。この養子縁組が彼の命運を分けた。

 1976年、スティーブ・ウォズニアックとアップルコンピュータを創業すると、Macintosh、iPod、iPhone、iTunes、iPad、iMacのウルトラ・ヒットを飛ばし、時価総額6290億ドル(約75兆円)の世界最大企業のトップに君臨。ジョブズは、カリスマ経営者の名声と栄誉を一身に受け続けた。

東洋文化に傾注し、西洋的な現代医療を一切拒否

 しかし、命運は暗転する――。2003年、腎結石の検査を受けたジョブズは、膵臓に影があることが判明し、内視鏡による生検の結果、膵臓がん(神経内分泌腫瘍)と診断される。寝耳に水だった。

 東洋文化に傾注していたジョブズは、「権威を信じない!」と西洋的な現代医療を一切拒否。菜食主義を貫きながら、鍼灸治療、ハーブ療法、光療法などの自然療法や伝承療法に活路を求める。

 ところが、9か月後の精密検査で、がんの浸潤が明らかになったため、がんを摘出。療養後、一旦は復帰し、2005年6月12日、スタンフォード大学の卒業式に招かれた際に、「Stay hungry, stay foolish(ハングリーであれ、愚かであれ)とスピーチ。喝采を受ける。

 その3年後の2008年6月9日、第二世代iPhone(3G)の発表セレモニーに痩せ衰えた姿で登壇、聴衆やマスコミを驚かせる。がんは、すでに肝臓へ転移し、深刻な病態が進行していた。2009年1月6日、衰弱はホルモン異常による体重減少と報道され、重病説や辞任説は否定されるが、CEOを休職する。

 2009年3月、肝臓の移植手術を受けるものの、医師は「ジョブズの肝臓は4月までもたない」と宣告。移植手術後、体調は持ち直すが、2011年、膵臓がんが再発。2011年1月18日、休職が発表され、数カ月にわたって、分子標的治療などの最新の治療が懸命に施される。だが、死亡時には、がんは全身に転移していた。

8年間もジョブズを苦悩させた膵臓がんの正体は?

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