連載「死の真実が“生”を処方する」第8回

死体にわく虫で死因を解明?犯罪捜査に用いられる「法医昆虫学」とは?

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 もし変死体が発見された場合、身元、犯罪性、死因......これらの疑問を短時間に解決すべく、捜査に着手します。そのとき最も重要なのは、死後どのくらい経過しているかを判断すること。それによって、生前の足取りが徐々に明らかにされていきます。したがって警察官や法医学の専門家は、死体と周囲の状況から、死後の経過時間を明らかにするよう求められるのです。

 その際に駆使されるのが、鑑識科学的・法医学的な知識。一般に人間は、死によって生命活動を停止すると、死体が時間とともに変化していきます。37℃前後の体温が徐々に低下するにしたがって関節が硬直し、しばらくすると死体は腐敗していきます。これらの変化をこと細かに観察することで、死後どの程度の時間が経ったのかが分かるのです。

法医昆虫学の始まり

 19世紀の西洋では、犯罪捜査や法医学的検証に、すでに昆虫が利用されていたという記録があります。ある学者が、死体につく昆虫の種類が一定のパターンで次々と移り変わっていくことを発見し、それぞれの昆虫の種類と、その昆虫が死体についている期間が分かれば、死後経過時間を推定できることを提唱しました。

 野外の死体には、まずキンバエやニクバエが飛来して卵や幼虫を産みつけます。孵化したウジ虫は脱皮を繰り返し、1齢、2齢、3齢と3期の幼虫期を経てサナギになり、そして成虫となります。

 ウジ虫は柔らかくて水分を含んだ肉しか食べることができません。したがって、肉が水分を失うとともに、ウジ虫が死体を食べることが困難になり、いなくなります。その後にやってくるのが甲虫類です。甲虫類の代表であるカツオブシムシは、水分を含む組織を食べることはないので、死体が乾燥した頃にやってきます。

 このような移り変わりは、どのくらいの期間で起こるのでしょうか。たとえば、25℃の環境下では、キンバエは産卵後、約半日で孵化してl齢幼虫となり、1日後に2齢幼虫となり、さらに1日後に3齢幼虫となった後、10日から2週間前後でサナギとなり、さらに成虫へと発育します。

 したがって、死体につく昆虫が、ある温度のもとでどのように発育していくか分かっていれば、死後の経過時間が予測できるのです。こうして昆虫が、科学捜査や法医学の一端を担うことが明らかになっていきました。

 1996年にアメリカ法医昆虫学評議会が発足しました。アメリカでは虫の証拠を読み取ることが、日常的な実務として活かされているのです。

 このように昆虫の最も基本的で重要な貢献は、死後の経過時間を明らかにすることです。そして、あらゆる種類の昆虫が、どこにでもいるわけではありません。あるものは特定の気候、植生、季節に特異的に見られます。したがって、死亡した後に、遺体が移動されたかどうかを知るのにも貴重な手がかりにもなるのです。

死体にわく虫で死因を解明?犯罪捜査に用いられる「法医昆虫学」とは?の画像2


一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。
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